寒ブリの里(氷見)情報

2009年11月 8日 (日)

黎明の立山連峰

2009118_002_22009118_010_2 立冬前後の立山連峰の日の出は「剣岳」から昇ります。最近、山頂から僅かに顔を出し、太陽が煌めく様子を写真愛好家は「ダイアモンド劔」と呼んでるらしい。でも私は子供の頃から太陽が昇る前の「シルエットの立山連峰」が大好きでした。今朝、早朝のお宮掃除があったので、久しぶりに早起きをしました。数十人の勤労奉仕で落ち葉で埋まっていた境内と神社の周辺がすっかり綺麗になりました。神社の掃除が終わる頃はもう既に太陽がかなり昇り、穏やかな日差しが街に満ちていました。朝食を頂いて一休み2009118_003して、「仏名会」の行われる上日寺へ出かけました。モミジの紅色とイチョウの黄色が秋の陽光で一段と輝いて見えました。

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2009年11月 6日 (金)

仏名会

2009116_004国の天然記念物に指定されている上日寺の大公孫樹が色づき始めました。モミジの赤と素敵なコントラストを描いています。8日の日曜日は上日寺で「三千仏唱名法要」の法会が行われます。氷見では「銀杏ご飯の法会」としても有名です。上日寺は真言宗のお寺ですが、宗派を問わず善男善女がお参りにお越しになられます。お近くの方はどうぞお出かけ下さいませ。蘭翁が受付奉仕をいたしておりますので・・・・・。
先月の台風の潮風でかなり葉を痛めた大イチョウですが8日には金色にお化粧してお詣りの方々を迎えてくれることでしょう。仏名会の準備などについてはここをご覧下さい。
市民から親しまれている上日寺の大イチョウ、市内の和菓子屋さんでもこれに因んだお菓子「ぎんなん餅」を販売されています。そのお店の包み紙がなかなかおもしろいのです。

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2009年10月15日 (木)

食都氷見キトキトまつり

Photo 今年も「”食都”氷見キトキトまつり」が間近となりました。かつては「キトキト魚まつり」であったものが「氷見牛」や「ハトムギ」など農畜産物も加わり、海の幸・野の幸・山の幸に恵まれた氷見のキトキトの旬魚・旬菜を楽しむイベントに成長したものです。キーワードは「食都」と「キトキト」ですが、もう一つ「氷見三昧」があります。これは一年を通じて味わえる鮮魚の旬の味と旬菜の味に加えて温泉や景観の味わいの織りなす魅力を楽しむことを指す言葉なのだと蘭翁は理解していますが、市や民宿、割烹、地元新聞社などで作る実行委員会が主催するイベントネームでもあると説明されると・・・・・?・・・・・なのです。キャッチコピーは単純で分かりやすく独創的でありたいものです。
っで、「氷見三昧」を冠にした今の季節の料亭料理の一例を紹介します
20091013_00620091013_00220091013_00420091013_001ご覧の通りです。20091013_00320091013_005





上段は順に向こう付け、煮合わせ、酢の物。下段はお造り、氷見牛の朴葉焼き、ズバイガニと鯛と松茸のシャブです。鯛は間もなく寒ブリに変わります。この他に揚げ物、魚の出汁の味噌汁や氷見穂波(ハザ掛け米)のご飯、氷見うどんなどが出て、お酒も入れると7~8千円といったところでしょうか。
18日のイベントでは
100食限定2千円で「氷見三昧弁当」とネーミングしたチョット贅沢で豪華な弁当が売り出されます。メニューはコシヒカリの新米、カマスの焼き目ずし、氷見牛のあぶり、赤巻きかまぼこ、氷見野菜の炊き合わせ、アオリイカの塩焼き、コダイのけんちん蒸し、サツマイモのスダチ煮などだそうです。ただし、事前予約が必要とのこと。氷見市観光協会電話0766-74-5250で受け付けているそうです。晴れてくれ~ coldsweats01 

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2009年10月13日 (火)

18号の置き土産

200910818_0072009109_007  北東の強風が長時間にわたって吹き付けた台風18号、幸い大きな被害はなかったものの浜辺には漂流物がどっさりと残され、海岸通りの松の植栽はその多くが傾きました。イチョウ並木の十字路は落ち葉で一杯、ス20091010_002リップ事故の危険性もあり、土曜日に町内役員が 清掃の奉仕活動をしました。連休があったので火曜日になって市の環境課に連絡し、環境ゴミ袋約60袋の落ち葉を処理(回収)していただきました。綺麗になったとは言え、掃除した後から後から落ち葉がたまります。街路樹というものは「良いことに悪いことが付き物」ということの典型と言えるでしょう。
困ったことのもう一つは、お宮さんの木製鳥居が傾い200910818_001_2 たことです。愛宕系の神社に多くみられる赤い鳥居ですが。創建から約100年以上は経つということです。建て替えるにはかなりの経費がかかります。頭の痛いことが続きます。本当に台風は罪作りと言わざるを得ません。神風なんて真っ赤な嘘だ!・・・
デジ画は8日午前6時、強風に苛まれる赤鳥居です。応急的に縄を張って進入禁止といたしました。

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2009年10月 3日 (土)

中秋の名月

2009103_002今日は朝から愛宕社々叢の伐採に参加しました。5年ぶりの伐採、宮司さんには前もって懇ろにお祓いを受けて作業に取りかかりました。広い境内には2009103_013「榎木」を中心に「イチョウ」、「欅」、「松」などが鬱蒼と生えています。境内からはみ出した枝が通行の邪魔になったり信号機を見えにくくしたりと苦情が舞い込みました。出来るだけ伐採したくはないのですが仕方ありません。朝8時から始めた作業も終わりは午後6時、すっかり薄暗くなっていました。心地よい疲れに襲われ、ふと海を見ると「中2009103_002_2秋の名月」が海面に浮かんでいました。海面近くには雲が所々あって、十五夜お月様は出たり入ったりでしたが夜半にはすっきりときれいな姿を眺めることが出来ました。お月様に誰も怪我無く作業が終了したことのお礼を申し上げました。   

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2009年10月 1日 (木)

細工蒲鉾

2009922_001 ご近所で目出度く結納が執り行われ、内祝の蒲鉾をいただきました。富山県内では慶祝用の「細工(飾り)蒲鉾」が一般的です。氷見でも結婚式などではサイズの大きな鯛の細工蒲鉾(おざし)が登場し、県外からの招待客をビックリさせています。 細工蒲鉾は富山県特有の名産品であり、越中富山の独特の文化とも言われています。また、昆布の消費量Photoが全国一の富山では蒲鉾と昆布のコラボレーションとも言える「昆布巻き蒲鉾」も有名です。そのまま切ってお醤油で食べたり、炭火で焼いて食べたり・・・・兎に角、新鮮な魚を材料に作られた蒲鉾(練り製品)は格別の美味であります。蘭翁の小学生時代、学校帰りの道草で、蒲鉾店の作業を時間のたつのも忘れて眺めていたことを思い出します。

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2009年9月30日 (水)

カマス

2009929_004_2もうすぐ中秋の名月、秋らしくなってきました。日本海側では「カマス」が脂がのって美味しくなる季節です。昨日、朝捕れのカマス(アカカマス)が砕氷とともに50尾ほど蘭翁宅に泳ぎ着きました。干乾しと塩焼きにするため小一時間ほどかけて捌きました。自家用ですから頭はブッツリと取ってしまいます。鱗がしっかりとあるカマスが上物とされています。小さな鱗ですがこれがナカナカ面倒なのです。塩焼きのコツは、塩に転がした後、しばらく冷蔵庫に入れておきますと水気が出てきます。ぺーパータオルで吸い取ってやります。白身で柔らかく水気が多い魚ですが、塩焼き・一夜干し・フライなど人気のある魚です。捌かれたカマス20尾ほどが、お嫁(お裾分け)に行きました。何処へ行ってどうなったんだろう・・・・。coldsweats01

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2009年9月15日 (火)

街なかサロン

200999_001最近の地方都市では何処もかつての中心街が寂れ、空き店舗が増えているようです。昔、賑わいを見せた表通りは軒並みシャッターが降りている現状です。郊外型のショッピングセンターの出現、車社会、少子高200999_003齢化、過疎化などいくつもの複合原因が考えられるのですが、現に街中で生活を続けている人も結構いるわけで、何とかしようとする動きも各地で報告されています。この度、我が街でも空き店舗を改造して「まちなかサロンひみ」がオープンしました。案内のチラシには4つのことが書かれています。

  1. 地域住民が楽しく集うコミュニティ・サロン
  2. 地域で支えあう子育て支援センター機能
  3. 相互に理解し合う世代交流の場
  4. 地域の活性化と交流人口の拡大の場

オープンほどなく、知人との待ち合わせに利用しました。11枚綴りのコーヒー券を2,000円で購入済みでしたので、早速注文しました。知ってる顔のウエイトレスさん(運営委員の女性)が運んでくださったコーヒーはマアマアのお味でした。小さなことですが、こんな努力が実を結べばいいなあとつくづく思います。氷見を散策されるときは是非お気軽にお寄り下さい。軽食もあり、観光マップや観光情報が揃っています。そうそう、火曜日が定休日だそうですよ。

蘭翁は今日からチョットお江戸へ出かけます。

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2009年9月11日 (金)

ハトムギ

200998_005200998_004 氷見市内の休耕田はそのほとんどが「はとむぎ」栽培がなされています。JA氷見が中心となって地場産品の開発が進められ、今や「氷見はとむぎ茶」は知る人ぞ知る銘品に育っています。ボトル製品の生産数もネズミ算を彷彿とさせる伸びを示し、したがって休耕田などでの作付けが奨励されてもいるのです。そのハトムギの実が色付き初め、収穫の時期を迎え ました。

200999_004_2 地域ブランドとして「氷見はとむぎ茶」成功の秘訣は、独特の「寄付制度」を取り入れたことでした。販売当初から、1本(350ml、100円)につき5円の寄付金が氷見市に入る仕組みで、その寄付金は毎年氷見で開かれる「春の全国中学生ハンドボール選手権大会」に贈られています。「どうせお茶を買うなら、地元の役に立つ商品を」との思いが強くなり、民宿や旅館、飲食店などが積極的に「氷見はとむぎ茶」の販売に協力するようになり、平成18年は75万円、19年は250万円、20年には750万円の寄付金が贈られるまでになり、着実に売上げ(寄付金)を増やしています。レッテルには「地産地消」ではなく「地消地産」となっています。どうニュアンスが違うのか・・・・氷見ハトムギ茶に興味のある方はここここをご覧下さい。

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2009年9月 6日 (日)

氷見大火から71年

朝からサイレンが鳴り、訓練の消防車が走り回っていました。71年前の昭和13年(1938)9月6日、午前0時5分ころ、煙草火の不始末から出火。折しも能登沖の日本海を北東に進んでいた台風の影響で風速15㍍の南東風が吹き、フェーン現象の日であったと記録されています。火は飛び火しながら瞬く間に当時の氷見町中心街を焼き尽くしてしまいました。1,500戸以上が消失する大火となり午前8時にようやく鎮火した。焼死が5名、負傷者510名、学校1,官公署6,神社18社、漁船20隻,土蔵299棟・・・損害総額1,100万円などと氷見市史に記載があります。

昭和13年は蘭翁が生まれる数年前のこと。街中にあった蘭翁宅は土蔵の中に家財を全て納めるも火の回りが早く家人は着の身着のままで逃げたと言うことです。全てを灰燼に帰した「氷見大火」のことは何度か話を聞いたことがありますが、祖父から詳しく聞くことはありませんでした。

200995_003 200995_004デジ画は蘭翁宅焼け跡から出てきた「壷」、ガラスなどが融けてケロイド状に融着し釉薬が流れています。大火の後に残ったものは、持ち出した「ご本尊様(大日如来像)」と「蒔絵の硯箱」と「壷」の3点だけだったのです。 壷には「北朗」の刻印が見て取れます。ヒョッとすると内島北朗の作品かも知れませんが調べたことはありません。氷見市史には昭和13年9月7日4,000円の下賜金が宮内大臣より給され、22日には伝達式が挙行された。その内3,780円が建物焼失者1,543件に渡されたと記載されています。この、御下賜金が蘭翁宅には残っているんです。

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2009年9月 4日 (金)

ゲリラ豪雨

200994_003 日本海を北上する低気圧のいたずらで、今日は雷注意報やら大雨洪水警報が出る一日でした。富山県内でも東の地域では豪雨に見舞われ下水がオーバーフローしたことをTVは報じています。でも、自宅の周りではほんの小雨がパラパラと降った程度でした。午後に市域全体のある会合に出席しましたら、山沿いなどでは突然の豪雨が降ったとのこ200994_007とでした。狭い地域でも変化の多い天候だったようです。午後6時過ぎの西の空は、何となく夕焼けでした。しばらく見ていると黒い雲がどんどん拡がり、夕焼け空がなくなり、明日の好天への期待を失せさせてしまいました。30分ほど経つと右のデジ画のようになりました。今晩は窓を閉めて寝なければ突然の雨(ゲリラ雨)にひどい目に遭いそうです。明日は旧暦の7月17日で満月、関係ないけど対オランダのサッカー試合は俊輔と本田が楽しみです。FIFAランキングはオランダが3位で日本が40位と言うことですが・・・・・。

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2009年8月22日 (土)

地蔵盆

2009822_007夏も終わりを迎えるこの時期、「地蔵盆」のお参りがあちこちであります。昔は子供たちの楽しみな行事でしたが、少子化と子供の多忙化が拍車をかけて大人主催になって久しい感があります。それでも町内の公民館では児童クラブ育成会の親たちや青年団のメンバーが「ドンドン焼き」「焼きそば」「コンニャク」「氷水」「焼き鳥」「フランクフルト」などの模擬店を賑々しく開店させ、子供たちやお年寄りを喜ばせてい2009822_014ました。

町内には7つの地蔵講があります。かつてはそれぞれの組で飾り付けを競っていたものですが、近年は公民館に各組の地蔵様を持ち寄り、共同でお祭りを行うようになりました。蘭翁宅の敷地内にある地蔵講の組は三十数軒からなります。地蔵堂には6体のお地蔵様がお祀りしてあります。一体だけを公民館へ運びますが残る5体のお地蔵様が可哀想だと言うことで、別途お参りを企画しています。毎年、地蔵祭りが終わると秋を迎えます。

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2009年8月20日 (木)

今夏最高か?

2009820_002 蘭舎に取り付けたデジタル表示の温度計が今夏最高値を記録しました。蘭舎の北側の外気温が35.4℃、蘭舎内2㍍位置で34.6℃でした。蘭棚(地上80㎝の高さ)で33.8℃でした。それでも湿度が40数%と低く、なんとか過ごせましたが、居間は一日中クーラーのお世話になりました。蘭舎は昼過ぎに棚下にたっぷりと撒水をいたしました。湿2009820_023度が10%ほど増加し、温度は4℃も下がり過ごしやすい状況になりました。蘭鉢の中では春蘭の花芽が膨らんでいることでしょう。

孫と5日連続の海水浴に出かけました。今日は波もなく泳ぎやすい最も海水浴に良い日でした。場所は氷見市阿尾海岸、車で数分の処です。

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2009年8月12日 (水)

大公孫樹

2009810_001_2 昨日は雨の晴れ間を見計らってお墓のお掃除に出かけました。 蘭翁家の菩提寺、真言宗「上日寺」には大正12年に国の天然記念物に指定された郷土が誇る銘木があります。「大公孫樹」(イチョウ)は古生代の後半に現れ、中生代からジュラ紀には全盛を極めたといわれています。新世代の氷河期に、ただ一種が中国で死滅を免れ生存し続けたのが今日のイチョウであると文献(氷見市教育委員会発行「氷見の文化財」)に記載されています。寺伝では白鳳10年(673年)に創建された上日寺、その開基は観音菩薩を安置し、霊木としてイチ ョウを植えたといわれています。樹齢の古い大株は過去に何度も樹医さんにより手入れをされてきましたが、かなり衰えも窺え2009810_004ます。割と大きな枝が長雨の影響で折れていました。それでも多くの実を実らせています。輝くような銀杏の実が1.5~2㎝ほどに膨らんでいます。すぐ近くに観音霊水が湧き出ています。薬師堂の横に郷土の俳人「霞峰」の句碑が建っています。「清水あり 加之 大銀杏」(しみずあり しかのみならず おおいちょう) 

明日13日はお墓参りの日です。 

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2009年8月 2日 (日)

日曜日

200982_003 サンデー毎日の生活を送っていても、暦の上の「日曜日」は何となく気持ちが解放されるような・・・・。鬱陶しい雨が朝から降り続き「ひみ祭り」もサッパリ、そこで昨日家庭菜園から収穫した「枝豆」を塩茹でして昼から「雨乞い」ではなく「晴乞い」のビールをいただきました。いや美味しいといったらこんな旨いもの(豆もビールも)を作っていただいた神様に感謝しないとバチが当たります。と言うことで夕方を迎える頃から晴れて参りました。効果てきめん、抜群のタイミングです。何といっても今宵は海岸で5千数百発が打ち上げられる氷見の「花火大会」なのです。花火を見ながらビールで「感謝祭」をしなければと心に誓っているお風呂上がりでサッパリした蘭翁です。coldsweats01200982_2

200982_017 午後6時頃くっきりとした虹が富山湾に架か りました。能登から天地人の越後までを結ぶような大きな虹でした。虹は七色、デジ画を拡大をしてみました。見る人によっては五色ほどにしか見えないかも知れませんね。

で、待ちに待った花火は、晴れたにもかかわらず風向きが海の沖から陸地にむけて吹く海風でサッパリでした。折角の花火が煙の向こうで開くのです。最初の一発はきれいなのですが、盛り上がるにつれ曇りガラスの眼鏡越しみたいな花火になってしまいました。夏の夜は海風ではなく陸風がほとんどなのに今夜はついていませんでした。今晩は「やけ酒」に切り替えです。200982_028_2 200982_037

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2009年7月31日 (金)

ベニズワイガニ

2009730_010「ベニズワイ」の大物がのそのそと我が家へ歩いてきました。その上、茹であがっていますので後は食べるだけと言う状態・・・爺婆と孫は大喜びでした。3人で一匹はまあまあの満足度でした。食べる前に、孫はデジカメで写真にとって絵を描くと張り切ってましたが、さてどうなることでしょう・・・・。寒ブリの里「氷見」でもベニズワイは捕れますが、お隣の新湊が本場です。と言うのも「蟹籠漁」をする専門の漁師さんが新湊にいるということなんです。そして、新湊には揚がったベニズワイを処理するバックヤードが完備もしているんです。

2009730_002ところで、正確に言うと「ベニズワイガニ」は「ズワイガニ」とは別物です。ズワイよりもベニズワイの方が深海に生息しています。確か水深700メートルあたりが生息の境と聞いています。生息域が重なる地点では両者の交雑種もあるそうです。深海で生息する蟹を捕獲する「蟹籠漁」は富山県魚津市の漁師さんが最初に考案した方法です。目の粗い網で作った蟹籠は小さな蟹を捕獲しない「エコ漁法」ではあるのですが、現実は・・・。富山県水産試験場にはベニズワイ研究の第一人者がいらっしゃって脱皮の観察や資源の予想などもやっておいでです。いろいろ興味のある方はhttp://www.pref.toyama.jp/branches/1661/suisan/1690.htm の「富山のさかな21」の「5ベニズワイ」をご覧下さい。

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2009年7月29日 (水)

氷見の昆虫2題

2009729_0162009729_015 デジ画は喜界島や与論島など沖縄諸島以南に生息するマダラチョウ科の「オオゴマダラ」です。氷見市海浜植物園の温室内には数十頭のオオゴマダラチョウがゆったりと乱舞しています。よく長い距離を移動することで新聞ネタになる「アサギマダラ」と同じく「鱗粉」のないチョウの一種です。で2009729_002 も何故、南方のチョウが氷見に?と考えるのですが、この海浜植物園にはマングローブの林が再現されていてそれなりにつじつまが合うことになっています。人工餌の皿で吸蜜するオオゴマダラを目の前で観察できるのが大変に面白いのです。一方、夕方自宅近くの緑地公園に「ハグロトンボ」が姿を現しました。かつては絶滅を危惧されたトンボの一種なのですが、ここ数年は街中でも時折眼にすることがあります。捕虫網で捕まえて観察してましたが逃げ出して洋間の天井に止まりました。単身在留中の孫は大喜びでした。明日の朝まで我が家に逗留願って、その後には外へ逃がしてやりましょう。

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2009年7月26日 (日)

健康ウォーキング教室

2009726_0122009726_0182009726_021梅雨が明けきらない7月最後の日曜日は恒例となった町内健康ウォーキング教室が行われました。老人会、婦人部、曳き山保存会、青年団、児童クラブ育成会など町内の全ての団体が共催し、健康づくりボランティアの皆さんが主催する催しです。子供からお年寄りまで町内の幅広い階層の皆さんが百数十人も参加されました。町内会は全体のコーディネートを担当、心配された雨もウォーキングが行われた午前中は大丈夫でした。町内の緑地公園に午前6時に集合し、ラジオ体操の後、海岸沿いの往復4.2キロのコースを歩きました。折り返し地点の氷見海浜植物園で小休止をとり、松田江浜で地曳き網を体験しました。今日は波もなく大漁でした。みんなで大漁鍋とお握りの朝食をいただいて午前8時過ぎに解散となりました。それ以降は正午頃まで青年団や曳き山保存会のメンバーがバーベキューを楽しんでいました。町内の幅広い年代層が一同に会する行事は今の時代とっても貴重な交流の場となっています。2009726_0292009726_0332009726_040  

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2009年7月22日 (水)

富山の日食

2009722_021 今日の富山は薄曇りで時折陽の射す天候でした。何とか日食が見られそうだと思い、午前十時頃になってから、コンパクトデジカメで何とか日食画像を撮影してみようと慌てて準備しました。しかし、準備不足であまり上手くは撮影できませんでした。デジ画は午前11時15分頃の氷見の日食です。実際はもっと細くなっていた(70%)のですが写り具合は焦点が合わないため実際より大きくぼけて写っています。感光したカラーフィルムの黒くなった部分の重ねたものをレンズの上に置いてフィルター状態にして撮影したものです。下のデジ画はその寸前の様子と上空の様2009722_0142009722_015子を撮影したものです。蘭翁の幼少の頃に夜のように薄暗くなった日食を経験していますが多分皆既日食かそれに近い状態だったのだろうと思います。もちろんロウソクの煤付きガラス板で見たものですが、眼は今も何ともありません。カラスが鳴いてねぐらへ帰って行ったことを覚えています。日本での次の皆既日食は26年後とか・・・見たいとは思いますが蘭翁は生きてるだろうか?空を見あげなくても空にいる。ナンチャッテ・・・・

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2009年7月13日 (月)

祇園大祭

2009713_0037月13日~15日は氷見地方最大のお祭り「祇園大祭」です。蘭翁もこの3日間は多忙を極めます。準備期間からもう既にブログ更新が滞っています。期間中できれば速報デジ画をUPしたいと思ってるのですがどうなりますことでしょうかthink

しばし、祭りに熱中いたします故・・・悪しからず。

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2009年7月 9日 (木)

駐輪場 ②

200977_002 先日、駐輪場に荷札の花が咲きました。見ると施錠を呼びかける防犯キャンペーンでした。施錠を忘れた自転車のみに警告荷札を付けると施錠されていない自転車が目立つので、全部の車両に付けてありました。きちんと施錠してる人にはややありがた迷惑な荷札です。案の定、夕刻にはたくさんの荷札が駐輪場に散乱していました。小さな荷札に別の警告ビラをのり付けした手のこんだ作品だったのですぐにゴミ箱に入れるのが悪いような気持ちになりました。2、3日の間そこここに荷札のポイ捨てが続き、蘭翁の荷札拾いも続きました。数日経ったのにまだ荷札の付いたままの自転車がかなり目に付きます。置きっぱなしなのか、はたまた寸借?の果てに放置されているのか、荷札200977_001_2を付けたまま利用してる?のかはわかりません・・・・・。いずれにしろ、今回のキャンペーンは誰が実施したか知りませんが若干「やりっ放し・・・」の感が否めません。物事は「P・D・S」つまり「P:プラン」、「D:実行」、「S:結果確認」が大切なのですが「結果の分析」や「経過の観察」がしっかりと行われているのか少々疑問なのです。ビラをよく見ると「防犯協会」の名前がありました。そう言えば蘭翁も役目上「協会」のメンバーに登録されていたことに気がつきいささか慌てています。ポイ捨てで散乱する警告荷札ですが、駅前で配っているポケットテッシュばかりは、散乱してるの見たことがありませんね・・・・・・なんで?

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2009年7月 7日 (火)

駐輪場 ①

200977氷見市には市営の駐輪場が3ヶ所あります。すべてがJR氷見線の駅に隣接したものです。利用者は大半が高校生といったところですが、マナーは決して良いとは言えません。乱雑になった駐輪を整理したり、散らかったゴミを集めたりは隣接する緑地公園と併せて蘭翁の町内会が業務委託を受けています。蛍光灯の寿命が来ると「ピーカピカ」して大変イライラするものです。不調を発見するとすぐに公園管理課に連絡をすることになっています。担当者が夕刻に取り替えに来てくださいました。大変暑い中ご苦労様という気持ちでお話をしました。200977_008蘭翁:「予備の蛍光灯を貰って、こちらで換えてもいいですよ。」 市の職員「いえ、蛍光灯一本と言えどもその都度購入して取り替えに来ています。」 蘭翁:・・・・・・。平成の大合併を回避し、単独市で行くと決めた氷見市は今財政難の極みにあります。蛍光灯と言えども買い置きはしないという極めて切り詰めた努力がなされていることを改めて痛感しました。駐輪場はタイマーセットで終列車が着くとほどなく減燈され、静かに夜明けを待つことになります。  

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2009年7月 5日 (日)

海岸一斉清掃

200975_002 富山湾氷見海岸の今朝の日の出、「日本の朝日百選」に選ばれている名勝地です。

今朝5時半からの氷見市海岸一斉清掃はいい天候に恵まれ能率よく清掃が進みました。海岸ゴミや流木を集め、海岸通りの除草作業に蘭翁の町内だけでも260人余りが参加し長い海岸線で気持ちのいい汗を流しました。昨年から、地元の中学生もこの活動に参加することになり、大人と一緒に除草活動に励みました。中・高生の地域参加活動が薄れる中、異世代の地域住民とともに作業をすることは非常にいいことだと思います。私はと言えば4時半起きで他の町内役員とともに清掃用具の準備などにあたり、後始末も含めて全体の指揮を200975_004_2とりました。集められた草やゴミは日曜日にも拘わらず、市の環境課手配の収集車で手早く回収が行われました。氷見へ観光に訪れる皆さんに綺麗な氷見海岸と漁り火ロードの散策を楽しんでいただけることを心から嬉しく思います。でも、本当に眠いねむ~い一日でもありました。

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2009年6月25日 (木)

地図掲示板その後

Photo 6月4日のブログネタ「方向音痴」で紹介した地図掲示板のその後です。ブログに書けば誰かが気づいてくれるかなと思ったのですが、実際の掲示板を見る度に変な気持ちになるので市の企画広報課へメールを出しました。すると間もなく掲示板がブルーシートで覆われていました。「何かやっていただけるんだなぁ」と期待していましたら、地図は綺麗に180°回転させた状態になっていました。これで方向と位置関係が正しい状態になりました。当然のことですが頭の中で地図を動かさなくても行きたい場所の方向が簡単に脳に入力されるようになりました。初めからチョット気をつけていれば余分な仕事や経費を使わなくて済んだのに・・・と思います。

2009625すぐ横には既設の名所案内看板もあり大変便利になりました。周りには定植された「つままの木」とされる「タブノキ」が枝を伸ばし爽やかな空間を作っています。万葉集で大伴家持が「磯の上の つままを見れば 根を延へて 年深からし  神さびにけり」 (巻19-4159)と詠んだ「都麻々」は「タブノキ」とされていますが本当のところは「多分・・・」なのであります。お隣町にある万葉歴史館のHPに解説があります。http://www.manreki.com/arekore/utameguri/utam0260.html

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2009年6月21日 (日)

獅子殺し

2009620_0072009620_021 町内各戸を巡行し、厄を払った獅子舞も午前1時過ぎには神社に戻り最後の舞を奉納します。途中から藁の篝火が焚かれる中、小一時間の熱演が続きます。それが終わるといよいよクライマックスを迎えます。獅子は青年団長の家の前に移動し、舞の全ての演目を力強く演じた後、刀を持った天狗が獅子のとどめを刺します。その間1時間余り、夜半になって時折降る小雨をものともせず青年団員の最後の熱演が続きました。最後の最後、一日中暴れまくっていた獅子ですが完全に息の根を止められ(全ての厄を封じ込め)、その獅子に天狗がまたがり青年団長の家の中に獅子を運び入れて長い巡行が終りました。団長の感謝の挨拶が響き渡ったのは深夜の午前3時でした。日中は蒸し暑かったのですが夜半から小雨が時折ぱらつき、獅子舞が終わった後はかなり強い雨が降り、肌寒く感じられました。今年の獅子舞も無事終わって、青年団や町内の関係者に感謝の念で一杯です。2009620_0532009620_0312009620_028   

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2009年6月20日 (土)

獅子舞巡行

2009620_007 地蔵愛宕社の秋季大祭直近の土曜日、今年は6月20日に獅子舞が奉納されました。朝7時、神社に青年団員が集まり、獅子舞に使う獅子頭や天狗の面など全ての用具を神前に並べ、 獅子舞巡行の安全祈願祭が執り行われました。町内役員、奉賛会役員に続き神妙な面立ちの青年団員も玉串を神前に奉奠、太鼓台のお祓いを受けてから、境内で獅子舞を演じて町内巡行に出発しました。2009620_010町内2百数十戸を午前・午後・夜の3区分に分けて廻ります。町内はお祭り特有のざわめきが一日中続き、何となく晴れがましい雰囲気に包まれました。獅子連中の昼と夕食(一服)は町内のご婦人方が腕によりをかけたご馳走を公民館で頂きます。また、この一年間に嫁入りがあった家庭では夕刻に来客を招いて「嫁花」を打ちます。青年団獅子連中もこのときばかりは最高潮に盛り上がります。町内全てを廻りきると日が変わり、早朝に「獅子殺し」という長時間にわたる演目を舞って長い長い一日が終わります。獅子殺しは神社の参道の両脇にワラのかがり火を焚いて幻想的な雰囲気の中で演じられ、獅子頭は来年の祭礼まで一年間を静かに眠りにつきます。 2009620_049_2  2009620_012 2009620_014

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2009年6月12日 (金)

梅雨入り

200964_003 北陸も梅雨入りの宣言がありました。関東や東海と同日に入梅というのは日本海側では珍しいことです。大概は1週間ぐらいは遅くなるんですが・・・・。雨に洗われて綺麗になったグミ(ナツグミ)の実がたわわに熟しています。そろそろカラスが群がる頃です。グミには渋みがありますがクエン酸やブドウ糖、果糖が主成分なので、整腸作用があり、特に「下痢しやすい体質に効果」があります。幼少の頃、「薬になるから何個か食べるように」と、この季節になると年寄りから言われたものでした。勿論、疲労回復にも薬効があります。カラスが好む訳です・・・・。

グミにはアキグミ、ナワシログミ、ツルグミ、アメグミ、マルバグミ、ハコネグミ、トウグミなどいろいろと種類があり、タンニンと思われる渋味も強弱があるようです。グミという名称はトゲの古語「グイ」と「実」とが繋がって「グイミ」が「グミ」となったと言うことです。

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2009年6月 7日 (日)

トベラ

200962_001 寒ブリの里氷見の沖合は暖流と寒流が混ざり合う良好な漁場として有名であります。特に「虻が島」や沿岸には暖流と寒流により運ばれたとされる暖地性・寒地性の植物が混生し生物学的にも特異な場所として有名でもあります。暖地性の植物の代表例は「トベラ」や「タブノキ」、「ハマウド」などです。「トベラ」は海岸通りなどの植栽にも利用されていて今「満開」状態なのです。「トベラ」は雌雄異株200962_002の小灌木で雌株には1㎝ほどの果実が実り、熟すと3つに裂けけて赤い粘った種子を出します。「トベラ」は節分に扉に挟み、鬼を除けたことから「トビラノキ」とも「トビラキ」とも言われています。 潮風が強く当たる海岸通りの歩道脇に力強く花を咲かせてウオーキングをする多くの人々を楽しませています。

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2009年6月 4日 (木)

方向音痴?

200964Photo氷見を訪れる観光客の方のために、道標が設置されたことは5月11日のブログ記事でお伝えしました。JR氷見駅前にはそれに合わせて 地図の掲示板が設置されました。市街地を中心に名所・旧跡、公衆トイレが記載され、携帯用のブログQRコードまで表示されています。遠来のお客様に便利で親切な企画に賛同しながら眺めていましたが「何か変」なのです。この地に住んでいながら方向音痴になったような気分なのです。 しばらくして気がつきました。体は海を背にして山の方を向きながら、掲示板の地図上では海を眺めるという形になっているのです。つまり、地図の設置方向が南北逆なのです。頭の中で1_2「180°回転」させないと実際の方向にならないのです。確かに地図には方位の表記がありますが「地図掲示板」は実際の方向にあわせて設置するものではないでしょうか。これでは折角の親切心も仇になりかねません。チャンと責任者が仕事を最後まで確認しているのか不安になります。「仕事のやりっ放し」ではないかという疑念さえ感じます。今度市役所へ行った時に聞いてみることにします。デジ画はクリックで大きく見ることができます。

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2009年5月16日 (土)

金蘭・紫蘭

2009515_2 野生蘭の「キンラン」が今年も咲きました。水苔単用で胴長鉢に植え込んでいます。高速道工事で削られる里山から3年前に蘭翁宅に避難してきました。なんと今年は一芽増えています。全開はしない花姿で楚々とした中にも素晴らしい極黄の花色が存在感を示しています。一方、屋外ではアチコチに「シラン」が花盛りです。一般的に赤紫の花色が多いのですが、氷見の比較的温暖な海岸付近には白花も自生していました。園芸店では葉に白い覆輪の入った白花のシランも売られています。滅多に見られない「キンラン」や普通に何処でも見られる「シラン」がラン科の植物であることを知らない人もあるでしょうが、ラン科植物は「進化の最終ランナー」ともいわれているのです。類い希なる適応力で世界中に分布し、種類は750属25,000種に及ぶということです。また、洋蘭を中心に交配種は10万種以上もあるとも言われています。そんな中で「金」、「紫」の高貴とも言われる素敵な名前を貰った蘭が氷見には野生しているのです。2009514_007_22009514_0062009511_010   

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2009年5月12日 (火)

近づく麦秋

200958_001 休耕田には「小麦」が多く植えられています。一昨年は確か「大豆」が植えられていましたが、昨年の秋は「コシヒカリ」が稲穂を垂れていた田圃、なんと目まぐるしいことでしょう。 今年また休耕なんでしょうか・・・・

200958_003「麦秋(ばくしゅう)」は、麦の穂が実り、収穫期を迎えた初夏の頃を意味し、24節季「小満」の末候を「麦秋至」というそうです。蘭翁の町内の秋祭りは6月24日、昔からの伝統です。なんでこの時期に「秋祭り・・・」と聞かれると「麦秋祭」と答えるようにしています。

麦はあまり馴染みがないのですが、子供の頃は五色の「ムギワラ」でいろいろと遊んだり工作をしたりしたことを思い出します。今、ムギワラってあるんだろうか・・・・・?

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2009年5月11日 (月)

道しるべ

2009511_003 家の近くに「道しるべ」が設置されました。これで観光客からの「すみませんが駅は・・・」とか「海鮮館はどちらですか・・・」と家の前で道を聞かれることはなくなりそうです。支柱の工事は3月11日に行われたので、「春中ハンド」までには出来上がるかなぁ?と期待していましたら、とてもとても「ごんごん祭り」も過ぎ史上最高の観光客が来氷した「ゴールデンウィーク」が終わって本日やっとパネルの取り付けが行われました。チョット時間かかりすぎと思ったので取り付け業者さんに質問2009311しました。答えは「標識の具体的内容などがなかなか決まらなかった・・・」と言うようなことでした。一応英語の表記もありますから吟味を重ねたものと思われますが、そもそも起案・決済されて工事に取りかかっているはずと思うのですが、寒い雨交じりの中で2ヶ月も前に支柱取り付けの工事が行われていたのに完成が2009511_002_2あまりにも遅かったということです。街中に20数カ所も設置されたそうなので、これで自家用車ではなくJRを利用して氷見へやってくる観光客の皆さんにも少しは便利になったと思われますが「来客への優しさ」がまだまだ足りないと蘭翁は思っています。

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2009年5月 9日 (土)

山歩き

200959 いま、北陸の中山間地は藤の花ざかり、加賀宝生流の盛んな地でもある氷見ですが、実は氷見の「田子の白藤」が謡「藤」の舞台となっています。午前中、お友達の「山屋さん」と山歩きを楽しみました。某製紙会社の山林は荒れ放題、台風で倒れた杉の大木を跨ぎながらの藪漕ぎを強いられました。ウグイスやホトトギスの鳴き声に癒されながら汗をかきかき沢登りを楽しみました。アケビの花が咲いていたり、ゼンマイがもう既に立派な葉を茂らせていたり、カワトンボが飛んでいたり、ワサビが茂っていたり・・・・200959_2  200959_6 200959_5

200959_026 それで、本日の収穫は左から「ワサビ」、「ワラビ」、「ゼンマイ」、「ノブキ」でした。あと、「ミズ(カタハ・ヨシナ)」、「竹の子」も他所様からいただいて午後は山菜の下準備で明け暮れました。ワサビは2㎝ほどに茎も葉も刻み、熱湯をかけたあと冷水で揉み、その後塩で揉んで山菜瓶に入れ醤油を一刺しして密封、冷蔵庫で瓶を横倒しにして保存。30分おきに瓶を振り、2時間後にはワサビのピリ辛味が美味しい「ワサビ菜」の一品が出来上がりました。

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2009年5月 1日 (金)

竹の子掘り

200951よく管理された孟宗の竹林。5月の爽やかな風が駆け抜ける・・・・気持ちの安らぐ空間です。今年も竹の子のシーズンを迎え竹の子掘り、家から約1キロ、ドリップコーヒー(ブルマン)を魔法瓶に準備してお友達の竹林に出かけました。竹の子掘りも4年目、すっかり気分だけはベテランになりました・・・・・。デジ画はクリックして拡大出来ます。

200951_005200951_008200951_015拘りの竹の子掘り、「玄人」の竹の子掘りをデジ画でご説明いたします。まず、地面から出た竹の子の穂先を捜します。これがなかなか素人には見つから ないのです。黒ずんだ竹の子の先が5~6㎝ほど見えていてもベテランは見向きもしません。僅かに見える穂先の周りを専用のクワで掘り起こし、竹の子の根本にクワを打ち込んでグビッと掘り起こします。掘り起こした竹の子の皮の色はあくまでも「セピア色」、日光が当たって黒ずんだものは掘りません。このようにして掘り起こした竹の子はアクも少なく節目も狭く、柔らかで甘味が濃く、実に美味しいのです。生のまま刺身でも美味しくいただけます。一度食べたら、八百屋さんで売ってる竹の子は食べる気がしないのであ~ります。本日の収穫は・・・・

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2009年4月22日 (水)

早起き

2009422_002デジ画は自転車置き場の風景ではありません。年2回行われる「粗大ゴミ」の回収風景です。以前は整理されずに乱雑に放置され、回収業者も悪戦苦闘してました。朝6時~8時の間に回収しますが、注意すべき点を予め回覧板で回し、班長会議で徹底します。私と各班長は朝5時起きでチェックに立ちます。その結果がデジ画のように整理された形で廃品が回収されるのです。ここまで2年かかりましたが、前夜から出す人もなく今のところ上手くいっています。「ルールとマナーが定着するまで」頑張るつもりです。季節柄、「石油ストーブ」が20台も出されました。中には「乗ってきた自転車」を出していく強者もいました。「携帯型ミシン」も数台出ていました。回収業者さんの話では全部使用可能だとのことでした。

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2009年4月19日 (日)

山菜料理

春、春爛漫。山菜の美味しい時期を迎えました。寒ブリの里氷見は中山間地がなだらかに拡がる山菜の宝庫でもあります。アチコチのお友達から、出がけの「山菜」が届けられました。2009419_320094192009419_2何故「山菜が届くの?」・・・そう言えば、本日は「日曜日」なのです!!。皆さん今日がお休みで山へお出かけだったのです。蘭翁はサンデー毎日の生活なので曜日感覚は希薄・・・、でも本当に「有り難い」ことであります。しかし、蘭翁の奥方は孫の入学式などで出張中なので、「鮮度が命」の山菜料理を決行しました。若かりし頃、山岳仲間の山行きで食事担当をした蘭翁、40代の単身赴任の経験も重なってこれでも腕に自信があります。やり方が違うなどとうるさい人が居ないときこそ「男の料理」の時なのかも知れません。デジ画の山菜は「ワラビ」、「竹の子」、「コシアブラ」、「タラノメ」ですが、とりあえずこれらを材料に「天ぷら」を作りました。 

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2009年4月18日 (土)

早蕨

2009418_002ご近所さんから「ワラビ」を頂いた。昔は木灰でアク抜きをしましたが、今は重曹が手っ取り早い。大きなお鍋にお湯を沸かして沸騰したら重曹を加え、ワラビを入れます。チョットの時間をおいて火を止め、落とし蓋をしてそのまま10時間、放置します。冷めたお鍋のお湯が緑色になっていればOKです。早速、お酒の肴に3㎝ほどに切り、カツ節と醤油でいただきました。春の味覚が口一杯に拡がりました。2009418_016_2

今日は「ごんごん祭り」の2日目、稚児行列や鐘撞き大会、茶席などが賑やかにくり広げられました。祭礼には「南十町」の氏子総代さん方も稚児行列に随行し、お詣りの後、お寺で慰労の席が持たれます。蘭翁は門徒総代のひとりとして接待役を勤めています。昔から「朝日の観音様」の信仰は氷見一円の伝統となっています。2009418_033総代さん方もお詣りを済ませてホッとされたのかお酒が進みます。お寺と氏子総代はミスマッチのようですが、神仏混淆の名残なのです。昔風に云えば、町の親分衆の接待と云ったところですが、最後は接待役であることも忘れて大いにご相伴にあずかることにしています。今年は天候に恵まれ、本当にいいお祭りでした。そうそう、ご馳走には「コゴミ」のゴマ和えもありました。寒ブリの里氷見も「ごんごん祭り」と「山菜」で一気に春全開から初夏へと遷ります。

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2009年4月17日 (金)

鐘楼堂落慶

2009417_020_2氷見市の二大祭礼のひとつ「上日寺のごんごん祭り」に合わせ鐘楼堂の落慶法要が執り行われました。「ごんごん祭り」の起源についての銘文が書かれた梵鐘は貞享5年に鋳造された市指定文化財でもあります。17世紀から梵鐘を釣り下げてきた鐘楼堂が昔の面影そっくりに新築され、落慶法要を迎えました。

2009417_028観音堂でご宝前にご法楽を納めた後、鐘楼堂の前で読経、撞き初め、くす玉割り、散華、棟梁への感謝状贈呈、住職挨拶、門徒総代挨拶などがしめやかにそして華やかに執り行われました。上日寺の鐘楼堂には撞木が釣り下げてはありません。50~60キログラムの松の丸太を肩に担いて「ごんごん」と打ち鳴らします。毎年恒例の「ごんごん鐘撞き 大会」の昨年度優勝者によって今日は撞き初めが行われました。国道からお寺に至る参道には沢山の屋台店が軒を並べ、多くの 善男善女で賑わっていました。明日は好天のもと「稚児行列」や「鐘撞き大会」が華やかにくり広げられます。2009417_0222009417

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2009年4月13日 (月)

点の記

2009412_003 6月に上映が開始される「剣岳 点の記」は全国に先駆けて1月中旬、地元富山で試写会が行われました。大変な反響をテレビのニュースが伝えていました。「剣岳 点の記」は新田次郎の小説、明治時代の参謀本部陸地測量部による剣岳測量の様子を描いています。そもそも「点の記」とは・・・・「測量点の設置・測量の記録」のことです。基準点(三角点など)の選点・埋標・観測それぞれの日付や従事者名、当該点に至るまでの道のり等の情報が記さていて、国土地理院で見ることが出来るそうです。映画「剣岳 点の記」の公式HPはhttp://www.tsurugidake.jp/です。素晴らしい剣岳の映像が楽しめます。

そこで「三角点」なのですが富山県内には剣岳を含めて7個(974)の一等三角点が設置されています。雄山、剱岳、金剛堂山などいくつかは踏破しましたが全部は行ったことがありません(写真を撮っておけばよかった・・・)。二等三角点になると55個(5,061)、三等三角点は430個(32,392)、四等三角点では579個(69,410)も設置されています。( )内は全国の総数です。デジ画の説明は続きを詠むへどうぞ

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2009年4月 8日 (水)

春の万葉植物展

Photo_6 昨年5月にオープンした「氷見・行願寺万葉植物園」で、この週末11日(土)と12日(日)の両日「春の万葉植物展」が開催される。大伴家持が万葉集で歌った「椿」、「桜」、「桃」、「カタクリ」、「李」など春の花がテーマとなっています。庭園の展示の他にも本堂では万葉に因む「盆栽」、「水石」の逸品も展示が予定されています。 右下のデジ画は昨年の開園時のものですが、大人気でした。地図も添付しておきますのでお時間のある方は「是非お出かけになるといい」と思います。氷見地方はちょうど「桜」の見頃でもあります故・・・・。Photo_3

過日、ご住職のご依頼で行願寺へ出かけました。春の展示会にむけてご準備の真っ最中でした。七十路の齢を重ねながら、パソコンに向かい資料の作成中でありました。デジ画の取り込みについて少々お手伝いをいたしましたが、ゆくゆくはHPも作りたいとの由、老師の情熱にはいつもながら頭が下がる思いであります。

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2009年4月 5日 (日)

春の使者(続)

200944_003タケノコ」の試し堀、お友達からまだ小さいが香りの豊かな「竹の子」が昨日届けられた。「初物」です。まだ地表に顔を出していないそうですが、手入れの行き届いた竹林では土が盛り上がっていてタケノコの在りかが分かるんだそうです。タケノコは竹冠に旬で「筍」とも書きます。まさに春を感じさせる旬の食材ですね。お店には九州方面から運ばれた「タケノコ」が並んでいますが、魚と同じく鮮度が肝心で、やはり地元産が数段勝ります。堀たてのタケノコは生のままお刺身のようにワサビ醤油で食べることが出来ます。今年一番の「お味噌汁」と「タケノコご飯」が晩の食卓を飾りました。NHKテレビのニュースでも西田「竹の子や」のご主人北村さんが竹の子掘りをしている映像を流していました。竹の子やは昨年の4月27日のブログで紹介しています。

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2009年3月26日 (木)

第4回春中ハンド

2009326_005全国から男女99チームが参加する第4回春中ハンドが昨日から始まり、熱戦がくり広げられています。蘭翁の町内は新潟県チームの応援サポーターに割り当てられています。JR氷見駅前から会場までの無料シャトルバスで応援に出かけました。残念ながら1回戦敗退という結果でした。応援席には宿舎になっている民宿の皆さんも寒い中、応援に駆けつけておられました。心温まる出会いが沢山育まれることを祈っています。それにしても、今朝は雪がバタバタ降って少し積もりました。まもなく融けてしまいましたが南国からやって来た選手はビックリしたと思います。これも良い思い出になることでしょう。春中ハンドの結果などは公式サイトで  http://www7a.biglobe.ne.jp/~haruhand/

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2009年3月25日 (水)

愛宕社春季大祭

2009324_004 春季大祭、中央祭壇と中黒大明神、そして左右の随神像の前には朝捕れの「真鯛」がお供えされ、境内のお諏訪さんと神馬像にも数尾の魚がお供えされました。祭壇に向かって左右に日像月像の旗が飾られ、弊殿には四神旗(しじんき)と社紋旗が祭礼用の矛竿から垂らして立てられています。四神旗には中国古来の四霊獣 「青龍」「朱雀」「白虎」「玄武」が刺繍で描かれていまして、それぞれ置く方角が定められています。社紋旗はまさに「社紋」を刺繍によって描いた旗で、これも祭矛から垂らして立て、神前儀飾とされています。大漁と五穀豊穣、町内の発展と安寧を心から祈願申し上げましたが、WBC2連覇についても蘭翁は密かにお礼を申し上げておきました。2009324_002_22009324_001_2  

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2009年3月23日 (月)

春季大祭 オタビ

2009323_002愛宕社の春季大祭オタビ(前夜祭)が執り行われました。市内で一番早い春祭りのようです。寒い風が吹く一日でありましたが、夜来の雨もあがり陽の射す清々しくも身の引き締まるようなお祭り日和でありました。デジ画は祭事の開始を告げる祝詞奏上ですが、神鏡が眩く輝いていました。大正年間に氏子有志により奉納されたものですが、お祭りの前には必ず「磨き」Photoを行っています。愛宕社氏子のひとり、腕の良い職人が心を込めて磨き上げます。鏡磨きの他にも幕を吊ったり、幟を立てたり、竹を準備したり、御幣を取り替えたり、お供えを準備したり・・・といろいろ準備があります。伝統に従い奉賛会役員を中心にして氏子の有志が奉仕活動をいたします。酒や魚を奉納する町内の方もあって「お祭り」が昔通りに今も守り伝えられています。

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2009年3月18日 (水)

漂着物

2009317_001 日本海が荒れるといろいろと漂着物が多くなります。5~6㍍もある大木が浜に漂着していました。どう見ても北洋材、荷崩れを起こした一本なのかどこかの貯木場から流れ出したものなのかは分かりませんがこれを処理するのが大変です。 日本海側の自治体は流木や粗大ゴミの処理に多額の税20092金を使っています。これからのシーズン、対岸(中国大陸、朝鮮半島)からの粗大ゴミの漂着も増えます。中には危険物のタンクまで流れ着くのです。同じ漂着物でも、右のデジ画のような可愛いものなら良いいのですが・・・・漂着物と云い黄砂といいお隣さんには何とかして欲しいものですよね。

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2009年3月17日 (火)

黄砂

2009317_015今朝は「春雷」に驚いて目を覚ましました。一頻り咆吼と風雨を恣にして東の方向に去り、しばらくして陽光が射してきました。目まぐるしいほど変化に富んだ幕開けで一日が始まりました。でも、 このところ中国大陸から飛来する「黄砂」に参っています。洗濯物は外では干せません。黄砂の害は近年特にひどくなったと感じています。子供の頃にも黄砂の飛ぶ日があった2009317_002のを覚えていますが、偶にの話で、それはむしろ春の訪れを告げる風物詩でもあったのです。デジ画は自動車のフロントに貯まった黄砂です。水をかけても少し残ります。丁寧に手洗いをしないと取れません。 太陽はボーッと霞んで見えます。黄砂が飛ぶのをよいこと(?)に杉の花粉まで飛んでいるわけですから堪りません。夕方の散歩から帰ってオデコを濡れテッシュで吹いたらベージュ色!黄砂がへばりついていました。

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2009年3月16日 (月)

春中ハンド

2009316春の全国中学生ハンドボール選手権大会が氷見で開催されるようになって今年で4年目となりました。氷見での春中ハンドは、何と連続10年間の開催が決まっています。デジ画は大会のエンベロムで、寒ブリっ子のハンドラーがシュートを打とうとしている藤子不二雄Ⓐ氏のデザインです。今春も全国から男女91チームの中学ハンドチームが氷見にやってきます。市内の町内会がそれぞれ全国都道府県を応援するサポーター活動を展開しま2009311_001す。先日、ふれあいスポーツセンターでサポーター会議が開かれました。席上、大会に参加する富山県チーム(男女各2チーム)の激励会があり、市長が激励の挨拶をいたしました。富山県4チームは県のチャンピオンと開催地代表で、いずれも氷見市内の中学校なのです。蘭翁の町内も3月26日、新潟県の女子チームを応援に行きます。春中ハンドのオフィシャルHPはここです。http://www7a.biglobe.ne.jp/~haruhand/

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2009年3月15日 (日)

涅槃会

2009315_003真言宗朝日山「上日寺」で涅槃会のお勤めがありました。本来、お釈迦様のお涅槃は2月15日とされていますが上日寺では昔から月遅れの3月15日に涅槃会がお勤めされています。法会の後、お釈迦様の舎利を模ったと云われる涅槃団子(おしゃかんだんご)が参詣者に配られました。昔は我が家でも涅槃団子を作りました。餅米を粉に挽くため日光に晒し、粉屋さんまで持っていきました。2、3日して出来上がった米粉を取りに行くのも子供の頃の蘭翁の役割でした。2009315_008祖母が亡くなって涅槃団子を家で作る伝統は途絶えました。今は寺院でご準備下さる涅槃団子で昔日を偲んでいます。和紙を手で揉んで涅槃団子2個を瓢箪のように糸で結わえ「お守り」にしました。小さい頃はこれを身につけていると蛇が寄ってこないと堅く信じておりました。「般若心経」と「涅槃講和讃」を伴にお唱えし、心静かにお寺を後にしました。明後日は彼岸の入り、20日が彼岸中日です。 

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2009年3月14日 (土)

弥生の淡雪

2009312_002 ここ2、3日寒さがぶり返しています。たくさんは積もりませんが雪が降ったりしています。デジ画はご近所の柊の大株に積もった新雪です。3月の雪は湿って重いことが多く、少しの雪でも樹木の枝を折ったりする被害が出ます。冬タイヤを外してしまった車は朝の通勤時に大弱りですが、 サンデー毎日の身分の蘭翁にとっては、雪が溶けてしまって2009312_008_2から動き出すので全然平気です。電線に着いた雪が朝の太陽に暖められて落ちる瞬間をデジカメで写してみました。朝から空を向いてカメラを構えている蘭翁をご近所の方は何と思っていることでしょう・・・・。 

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2009年3月11日 (水)

今朝、北帰行

Photo_2今朝の午前6時45分頃、およそ20羽の白鳥が北へ向かって飛んでいきました。布勢の水海(十二町潟)の方向からカギ状に隊列を組んで蘭翁宅の上を鳴き声を上げながら日本海の方へ飛んでいきました。潟から数キロしか離れていないのでまだ低空を飛んでいましたが、長逗留した氷見の地との別れを惜しむかのように見えました。春になった証拠だ・・・、白鳥の「北帰行」です。今朝は分別ゴミ集配の日で早起きでしたが、素晴らしい光景に出会いました。カメラなしだったので残念ながらデジ画はありませんが、日時を記録しておきます。白鳥のいなくなった潟は寂しくなっていることでしょう。無事に北の生息地に帰り着いて欲しいものです。デジ画は羽繕いする白鳥(2月)

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2009年3月 1日 (日)

黒作り

2009223_001 最近、あまり魚が捕れないと関係者が嘆いていますが、街中のお魚屋さんには結構色々と並んでいます。小ぶりのマイカ10尾が手元にやって来ました。黒作りに最適と聞いて生まれて初めて「自家製黒作り」に挑戦しました。幼少の頃、家のお年寄りが「黒作り」や「赤作り(塩辛)」をせっせと作っていたのを懐かしく思い出しながら色々と調べたり魚屋さんに聞いたりして兎に角やってみました。すると、実に美味しい「黒作り」が出来上がったのです。私は「黒作り」が大好きなのでよくお店で買い求めるのですが、実に簡単に出来上がるのでこれからは自家製でいくつもりです。イカスミにはアミノ酸が多く含まれ2009225_005ているそうです。また、整腸作用や血圧降下にも効果があるそうです。口の周りを真っ黒にしながらコクのある美味を味わうのは不思議な楽しみです。  っで、イカスミから作った絵の具を「セピア」っていうのを知ってましたか?よくセピア色といいますが、ギリシャ語でセピアは「甲イカ」というのも知ってましたか?・・・

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2009年2月17日 (火)

雪止め

2009217_004 20日ぶりの降雪、と言っても僅かに1㎝ほどの雪。富山ではこの程度の雪は「チラッと降った」としか云わないのです。デジ画はお隣さんのお屋根です。規則的に出っ張りのある瓦が並んでいます。これは「雪止め瓦」なんです。デジ画をクリックして拡大してご確認下さい。多く積もったときに雪がなだれ落ちないようにする昔からの工夫です。したがって、屋根の上に積雪があっても大丈2009217_003_2夫なように強固な建築法が北陸の家には施されています。右のデジ画は自宅のお屋根、雪止め瓦も最近はデザインが変化して、アーチ状の雪止め加工がしてあります。昨晩は氷点下3.5℃まで下がりました。5日前に暖かさに誘われてノソノソと顔を出したカエル君、今頃どうしていることやら・・・・ 

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2009年2月12日 (木)

建国祭

2009211_004 昨日は建国記念日でした。愛宕社でも恒例の「建国祭」の神事が執り行われました。宮司さんの笛の音が響く中、玉串の奉奠を行いました。地域では季節折々の営みが営々と続けられているのです。昔からの伝統やしきたりを途絶えさせずに2009211_008後世に守り伝えていくことの大切さを神社やお寺のお世話をするようになって強く感じるこの頃です。それにしても、誰に頼まれたわけでもないのに町内のご老人が午前中に境内を綺麗に掃除してくださいました。最近少し健康を害されたと聞いていましたが、頭が下がる思いです。有り難うございます。

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2009年2月 6日 (金)

スワン

2009130_005 今年も十二町潟(昔の布勢の水海の名残)に白鳥がやって来ています。私は30数羽を確認したのですが、毎年観察している方の報告では40羽を越えているらしい。今までの最高とのこと。鳥インフルエンザの事もあって、あまり20092_001科学的ではないが蘭翁は遠くから観察することにしています。それにしても、種の存亡に関わるとき以外に人間が野生の動物に餌を与えることが正しいことなのかどうか疑問が残ります。遠くから静かに見守るのが一番と心得ていまスワン・・。coldsweats01

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2009年2月 3日 (火)

節分会

200923_020 午後3時から真言宗の古刹 朝日山「上日寺」の観音堂にて節分の「護摩祈祷」が厳修され、善男善女の除災招福心願成就が祈祷されました。護摩祈祷の護符は檀家や地域の方が予め申込をいたしますが、我が家では家族みんながいただいて災いを除き福が来ることを祈願いたしております。また、氷見市中心部の「南十町」の地区安全と火難消除も併せて祈祷され、各町内の総代は墨書された祈祷札をいただいて帰り、町内の公民館などにお祀りをいたします。明日の立春が1年の始まりという考えにより、2月3日の節分は特に意味深い日となりました。旧年の邪気を祓うために追儺(ついな)の行事として護摩祈祷や豆まきが行われてきたと聞いています。祈祷が終わってから、南十町の奉賛会・総代方への直会が庫裏広間で開催され、蘭翁は接待役としてご奉仕をして参りました。あまり寒くない節分でした。

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2009年1月31日 (土)

何て云う鳥?

2009125海辺を散歩しているといろんな鳥に遭遇します。一番多いのは「カモメ」の仲間、「サギ」の仲間、「チドリ」の仲間などです。勿論「カラス」や「トビ」も負けじと餌の奪い合いに参加しています。ところがカラスより大きくトビよりスマートで海水面を舐めるように飛んだり海水に着水したりする大型の水鳥がいます。人を警戒する気持ちが強いのか近くで写真を撮らせてくれません。2009125_3「ウミウ」は知っているので違うと思うのですがやはりウミウかな・・・。「ミズナギドリ」の仲間かなあ~?とも思ったりします。わかりにくいデジ画ですがこの鳥影から分かる 人は教えてくださいませんか。この鳥何の鳥気になる鳥とっても素敵な鳥?ですから・・・♪♪ 

追伸  正体が判明しました。やはり「ウミウ」でした。陽光が差して明るくなった海水面に今日は2羽がやって来ていました。雨晴の岩礁辺りから飛んでくるようです。(2月15日)

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2009年1月24日 (土)

ロウバイ

2009122_001 昨日、お友達の畑へ出かけて雪の下になっていた大根を引き抜いてもらいました。雪の下で過ごした大根は甘く変身するのです。下ろしにすると風邪の予防にも効果があるとのこと・・・・。その畑には数本のロウバイが植えられていて、いくつかの蕾が膨らんでいて、2009122_003_2 里山にはいつの間にか春の息吹が忍び足でやって来ていました。まだまだ寒くてインフルエンザも流行っていますが、気がつくともうすぐ節分、そして立春です。もう一息寒さに立ち向かわなくちゃと感じさせるロウバイの気高さでした。ロウバイについては香子様のブログに素敵な写真が載っています。http://yasounikki.exblog.jp/

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2009年1月18日 (日)

文化財防火デー

2009117_001 26日の文化財防火デーに因んだ訓練が県下でいくつか行われました。寒ブリの里でも真言宗の古刹朝日山「上日寺」で消防訓練がありました。市の教育委員会、寺院のある地元自治会、市の文化財保護に携わる関係者、上日寺のご住職さんとご家族、上日寺門徒総代などざっと数十名に消防関係者が参加しました。発煙筒が焚かれ、通報訓練、初期消火訓練、避難・救急訓練、放水訓練、消火器訓練など真剣に繰り広げられました。 蘭翁はお寺の半鐘を叩き、近在の皆さんに緊急事態を知らせる役でした。滅多に叩くことなどない半鐘を何十回も連打しましたが、訓練とはいえ真剣だったため体が熱くなるほどでした。デジ画は上日寺絵図など貴重な文化財の一部で、訓練終了後に市教委の担当者と住職さんから解説会が行われました。また、救出訓練で運ばれるのはご住職さんの娘さん(小学3年生)ですが自ら2009117進んでの大役でした。終わった後の感想は眼を輝かせて「ドキドキした・・・・」とニッコリでした。お寺さんの役員を仰せつかっているため日程が重なった蘭会の新年会(総会)は仕方なく「欠席」となりました。訓練は3年に一度なので蘭会の皆さま、お許し下さい。訓練は実に貴重な体験となりました。

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2009年1月 2日 (金)

元旦祭

200912_003 正月2日は各神社で「元旦祭」が執り行われる。我が町内の「地蔵愛宕社」でも午前6時より元旦祭が行われた。還暦および厄年のお祓いを受ける17名も神事に参加しました。今年の正月は雪交じりの雨が時折降る生憎の天候でしたが、積雪もなく良いお正月でありました。デジ画は元旦祭の直前準備をする午前5時30分の境内です。かがり火がようやく豪勢に燃え上がり、パチパチと音を立てて雰囲気を盛り上げていました。また、今年もあれこれと忙しそうな1年が始まりました。

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2008年12月31日 (水)

謹賀新年

Photo平成20年もあと2時間あまり、あっという間の1年でした。何をしていたんだろうかと思わず考えてしまう・・・・・でも、ブログやHPを読み返してみるといろいろとあった一年間だったと改めて思ったりもします。来る平成21年こそ安寧で心休まる1年であって欲しいと念ずる蘭翁です。皆さまにとりましても佳きお年でありますように祈っております。デジ画は元旦が晴れたらこのように素敵な朝日が眺められるんですよということなんですが、外は雪模様です。これから町内の神社へ出かけて初詣にお詣りされる皆さまのお世話に出かけます。

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2008年12月27日 (土)

冬の蜃気楼

20081224_005 富山湾は蜃気楼が有名です。寒ブリの里氷見海岸でも1年を通じてよく蜃気楼が見えます。蜃気楼には「上位蜃気楼」と「下位蜃気楼」がありますが、冬によく見えるのは「下位蜃気楼」です。下位蜃気楼は下方へ反転した虚像によって実景と下方の反転像が繋がって伸びたように見える「伸び型」と空や背景が実景 の下に写り込み浮いたように見える「浮島型」があります。デジ画は能登半島方面にある虻が島と白い漁船が浮島状態、伸び状態になっている冬の20081224_006蜃気楼です。この下位蜃気楼は11月から3月頃の寒い時期で視界の良い日は毎日のように見ることができます。それ以外の時期にもしばしば肉眼ではっきりと見ることができます。夏でも富山湾の対岸を望遠鏡で眺めると伸び型の蜃気楼をよく見ることができます。

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2008年12月23日 (火)

すぐやる課

20081223_002 大分前、どこかの地方自治体で「すぐやる課」という組織を作って住民サービスに努めているというニュースを聞いたことがあります。「お役所仕事」という言葉が定着した感もありますが最近は「そうでもない」と蘭翁は感じています。蛍光灯は切れる寸前、一燈でもピカピカすると大変嫌なものです。デジ画は深夜(終列車到着前)の駅近くの駐輪場です。町内会で清掃等の委託管理を引き受けていますが、蛍光灯の不具合を電話で市役所担当課に連絡をしますと「その日の内」に直してくださいます。当然のことと思う人も多いかも知れませんが、日頃からの心がけがないとそれは無理な話です。今年一年間で修理が3回目になりますが、上役さん自らお出かけのこともありました。お陰様で利用者もイライラせずに整然と駐輪場が維持されているのです。もうすぐ終列車が来ます

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2008年12月 1日 (月)

師走だ

20081201_2今日は小春日和の一日、師走とは思えないような好天に恵まれ、澄み切った夜空に三つの太陽系天体(三日月と木星、金星)の滅多にないショウが続きました。夕方、太陽が沈みかけると南西の空に三日月とともにそのすぐそばに一番星、二番星が輝いたのです。こんなに近くに集まることは滅多にないとのことです。それにしても朝方は冷え込みました。富山では「初氷、初霜」が観察されました。20081201_7 夕方、近くの県道に敷設された「融雪装置」の点検が行われました。1年ぶりに地下水が流されました。最初は錆び付いた茶色の水が流れ出し、まもなくきれいな水が勢いよく下水に流れ込んでいました。雪が降ると自動的に地下水が流れ出し、雪を溶かしてしまう装置です。この後まもなくノズルの点検が行われて雪の季節を迎えます。

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2008年11月26日 (水)

Abendrot

20081126_8 小春日和の1日、波越えの立山連峰がくっきりと見える1日でした。上のデジ画は午後3時、下のデジ画は午後4時10分のものです。アーベントロット(Abendrot)に輝く時間はほんの数分間だけです。中央の山が標高2,999メートルの岳人のあこがれの山「剣岳」、右3分の1辺りの台形の右端がが3,015メートルの「雄山」です。画面にはありませんが右側には1日に7回色が変わると言われている「薬師岳」が続きます。今日は遠く「笠ヶ岳」や「乗鞍岳」まで見ることができました。蘭翁が若い頃、これら北アルプスの稜線を駆けめぐったことを知ってる人は余りいません。登山はどちらかといえば「孤独なスポーツ」といえるかも知れません。  

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柿天神

20081125 11月25日は氷見地方独特の伝統行事「柿天神祭」でした。祇園宮日吉神社に南七町の氏子総代が集まり「勤労感謝祭」と併せて神事が執り行われました。「柿天神」の大まかな謂われは次のとおりです。

古代の氷見地方は「布勢の水海」に象徴されるように沼地や湿地が多く、人々の多くは山間部に集落(当時は船着き場)を作って住んでいました。味川に住む安努大領広島(アヌノタイリョウヒロシマ)という豪族がその土地に多く産する渋柿「アジマサ柿」を「ヨモギ」を使って渋抜きをする「さわし柿」Photo の作り方を人々に伝授しました。と言うのも、戦国時代まで年貢の取り立てが厳しく、農民はやっと収穫した米の殆どを取られてひもじい生活を余儀なくされていたのです。後世には「鞍川柿」なども熟柿として大麦の炒り粉をまぶして食するなど、空腹を満たす食生活の工夫がありました。人々は素朴に「天に在す神様=天神」に感謝の気持ちを捧げました。後に加賀前田氏の支配下となり前田家が祖先とする菅公(菅原道真公)の天神信仰と結びつき「柿天神」という独特の祭礼行事が行われるようになりました。昔は蘭翁宅でも「あわせ(さわし)柿」を三宝に載せ、天神様をお祀りしたものですが、時代の移り変わりもあって「あわせ柿」が売り出されなくなり今は行っていません。神社の祭壇の柿も「富有柿」で代用されていました。神事の後、宮司さんのご配慮で御神酒を鱈腹ご相伴に与りhappy01ました。

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2008年11月17日 (月)

三千仏名会

20081108_002先週の8日に真言宗の古刹「朝日山上日寺」で仏名会のお詣りがありました。昼のおとき(食事)には霊木「大銀杏」の実を炊きこんだご飯が出るので壇信徒以外のお詣りも多い法会です。この日は縦横2メートル半もあるご本尊のお軸が披露されます。現在仏の釈迦如来を中心に、 右には過去仏の薬師如来、左には未来仏の弥勒如来の三尊像が大きく描かれ、その周りを埋め尽くすように三千仏が描かれています。昨年は模様だと思っていましたら、法印様から説明があり、近づいて眺めさせていただきました。20081108_010三千仏名会は過去・現在・未来の仏様のお名前を唱えて懺悔をする法会ですが、蘭翁ごときは「懺悔」することが多くて何年もかかりそうであります。死ぬまで「自分の悪業」を意識しながら生き抜きなさいと仏様から諭されているのだと感じ「南無大師遍照金剛」を唱えてお寺を後にしました。大銀杏の葉は黄ばんでいましたがあれからもう十日目の本日あたりは黄金色の葉が盛んに散ってることでしょう。

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2008年11月16日 (日)

神からならし

20081114_002寒ブリの里氷見海岸から「波越えの立山連峰」を眺めることができます。海抜0メートルから3,000メートルまでを至近距離で、しかも海を隔てて眺めることができる場所は世界広しといえども何ヶ所もない(一説によりますと3ヶ所とか・・)との話です。大伴家持は万葉集の巻17-4001に「立山に 降り置ける雪を 常夏に 見れども飽かず 神からならし」とうたいました。意味は「立山に降り積もった雪を、一年中見ても見飽きることはない。神霊の宿る神山だから・・・」という内容であると学生時代に学びました。今の時期、頂きの白い冠雪が日増しに増えていきます。やがて白一色になると間もなく里にも雪が舞い降りてきます。データーによりますと年間90~100日しか立山を眺めることができないそうです。昔はもっと見えてたような記憶があるんですが・・・・・

追伸 しばらく多忙で更新をサボってしまいました。申し訳ございません。

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2008年11月 4日 (火)

熟柿

20081104_004柿は種類も多く呼び名も地方によっていろいろあるようです。先日は富山県で最も人気のある甘柿「水島」について書きましたが、今日は渋柿です。昔から富山ではデジ画の大きな渋柿を「日本柿」とよんでいます。いかにも甘そうですが大変渋くて生食は不可能です。木からもぎ取った日本柿は風通しの良い場所で静かに待ちますと、果肉が柔らかくなって熟柿(じゅくし)になります。これは甘くて、冷やっこくお風呂上がりにもってこいの美味しさです。また、昔から「2日酔いの薬」として珍重されてきました。蘭翁たちが子供の頃は甘いものが少なく、貴重な甘味として思い出が深い食べ物でした。指で押さえて食べ頃を心待ちにした記憶があります。

柿の渋さの素は「タンニン」なんですが、甘柿の果肉はタンニンが不溶性となっているために食べることができますが、タンニンが水溶性である柿は渋くて食べることができないのです。熟柿や皮を剥いて干し柿にして食べるか、湯やアルコール(焼酎)で渋抜き(タンニンを不溶性にする)して食べるわけですが、この作業を醂(さわ)すと言い、渋抜きした柿を氷見地方では「さわし柿」とか「あわせ柿」とか言っています。さわし柿にする柿も干し柿にする柿もまた違う種類の柿を使います。

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2008年11月 1日 (土)

市中パレード

2008110150_004 昨晩は雷もお出ましの強い雨が降り続きましたが、一夜明けた今日は爽やかな晴れとなりました。寒ブリの里の防犯協会も誕生して50周年、記念の市中パレードと記念式典があり、蘭翁も参加しました。参加者は500~600人、市長を先頭に 地元高校のブラスの先導で市民会館まで行進、交通規2008110150_008制が徹底していて全ての信号機が「青」になったままで実に安全なパレードでした。会場の市民会館では明日から始まる市菊花大会の審査が真っ最中でした。ここでも今年は菊が早く咲いて困った・・・と言う声が聞こえました。

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2008年10月30日 (木)

氷見特産品

20081030_220081030_001 デジ画はJA氷見で売り出している氷見特産の詰め合わせセットです。干し椎茸、はとむぎ茶(パックとボトル)、 魚干物2点、氷見牛レトルトカレー2箱がパックされています。贈答品に最適です。注目1は「氷見牛を使ったカレー」、なかなか手に入りません。どうしても食べたい人はここを訪問してください。http://www.kakizato.co.jp/himi/himitu.html

20081030_5注目その2は「はとむぎ茶」です。氷見 の山間地「細越」が発祥地、今では休耕田などを利用して作付けが富山県西部一円に広がっています。1パックで1㍑のはとむぎ茶が作れます。熱くても冷やしても美味しくヘルシーなのが売りです。他にも野の幸、山の幸が盛りだくさん。興味のある方はここhttp://www1.cnh.ne.jp/jahimi/main1.htmを参照ください。

兎に角、拘り屋の蘭翁は、いろいろあって中国輸入物は当分「一切口にしない」と強く決心しています。それにしてもです、カレーに添えて「福神漬け」を食べたいとスーパーに行きましたが、材料の半分まで原産地が中国でした。買うわけにも食べるわけにもいかず・・・国産の福神漬けが食べた~い。嫌な時代になったものだ・・・・・。

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2008年10月11日 (土)

金刀比羅祭

2008100910_00110日は金刀比羅さんの日です。愛宕社境内に鎮座する「金刀比羅宮」に町内奉賛会役員や宮に縁の方が集まり、1月の10日の金刀比羅祭とともに10月10日は秋の金刀比羅祭の神事が執り行われました。

金比羅さんは農業殖産の神・2007110_1海の守護神として 町内でも信仰のよりどころとされてきました。金刀比羅宮に祀られている主たる祭神は「大物主神(おおものぬしのかみ)」です。「大物主神」は国造りの神様「大国主神(おおくにぬしのかみ)」の和魂(にぎみたま)にあたる神様です。デジ画左が昨日10月10日の秋祭、デジ画右が1月10日の祭りのものです。

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2008年10月 3日 (金)

秋たけなわ

20081003_003大きな「アケビ」、まだ割れていませんが明日あたりには割れ目が入って熟した白く甘い実を食べることができそうです。戦後まもなくの時代に幼年期を送った蘭翁世代にとっては「甘味に飢えていた」状況の中でまさに思い出深い「山の幸」でありました。近くの山に行けば当たり前のようにぶらぶらと生っていた「アケビ」、今では特産物として栽培すら行われているとのことです。都会でも、老舗の料亭の軒先にアケビの蔓をほわせているところもあり、夏は格好の日除けとしても役に立っていました。子供時代は中の甘い実を食べて皮を捨てていましたが、この皮も「味噌炒」や「味噌煮」として食通に喜ばれています。「アケビ」や「柴栗」が採れる頃が秋の一番良い時期、寒ブリの里氷見は「秋たけなわ」なのであります。

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2008年9月27日 (土)

彼岸明け

2008924_005 昨日で秋の彼岸が明けました。「暑さ寒さも彼岸まで」とは昔の人は上手く言ったものです。今朝はこの秋一番の冷え込みで、「立山に初冠雪」、雲があってハッキリとは分かりませんが例年より早いと気象台の発表でした。本格的な秋の訪れとともに海の色もまさに「秋色」、風に「食都、氷見キトキトまつり」の幟がはためいています。寒ブリの里氷見は昔で言う「半農・半漁」の地、結構山地も多く、農産物も豊富です。コシヒカリやテンタカクなど美味しいお米が沢山採れます。チョット町並みを外れると豊かな田園風景が拡がります。田圃はすっかり稲刈りが終わり、間もなくアキアカネの群舞が見られること2008924_005_3でしょう。石川県との県境地帯は300~400メートル(肉牛の飼育に一番良い標高)の山地になっていますが、この山間地で今話題の「氷見牛(ひみうし)」が飼育されています。数々の品評会で優勝するなど氷見牛の評価は高まるばかりなのですが実際は「氷見牛の生産業者は12人、牛は2000頭余りしかいないので、需要と供給のバランスが崩れている」のだそうです。ギャル曽根がレトルトの「氷見牛カレー」を絶賛してからは、地元でもなかなか手に入らなくなりました。食都氷見キトキトまつりはhttp://www.city.himi.toyama.jp/hp/menu000002600/hpg000002545.htm をご覧下さい。

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2008年9月20日 (土)

お刺身

20080919_002 昨夜は久しぶりの「飲み会」でした。今の時期、氷見の魚と言っても特にこれというほどのものはありませんが、馴染みの「磯八」さんで酔っぱらう前に携帯でお造りを写していたのでチョット解説します。大葉(シソ)にのっているのが「よねず」キジハタ)、手前右が「たちうお」、手前左が「しまだい」、左上の少し黄色く見えるのが「ひらめ」の昆布締め、中央上が「あおりいか」、そして右が「あまえび」であります。いずれも直ぐ目の前の海でちょっと前に捕れた新鮮なものばかり・・・。これから段々と冬の魚へと捕れ筋が変化していく時期ですが、例年なら今頃捕れる「ヒラマサ」はまだ捕れてません。これから「あんかん」、「ことう」、「がんどぶり」、「わたり」・・・・とおいしい秋から冬にかけての味覚が楽しみであります。ブリの子供である「ふくらぎ」も1キロを超えるものは脂がのって美味しくなってきました。焼き魚は大きな「しまだい」(いしだい)でしたが、その後はよく覚えていないのであります・・・・・。

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ハマナスの実

20080919_2 浜辺のハマナスの実が赤く熟しています。夏の間に少しずつ色づきはじめ、硬かった緑の実も柔らかくなっている。ハマナスはバラ科の植物で、バラ科バラ属の植物の果実はローズヒップ(rose hip)と呼ばれ、ビタミンCに富み、食用油やジャム、ジェリー、マーマレードなどに用いられるという。また、スキンケアなど民間薬としても効果があるということだがスキンケアとは縁がないのでなんとも・・・。

私は、この実を集めて、ホワイトリカーに漬け込み果実酒にしています。数年前に試しに作ってみたのですが、大変好評でありました。実の汚れをよく洗って落とし、水気を乾かしてから約2倍量のホワイトリカーで半年ほど漬け込みますと飴色の果実酒が出来上がります。この際、梅酒のように砂糖類は一切入れません。飲むときに好みに応じて、甘味を加えてもいいのですがそのままで妙なる風味が味わえます。海岸ドライブの際にハマナスの実をビニール袋に少し採取すれば、お土産としていい思い出になりますよ。

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2008年9月11日 (木)

比美の江大橋

20080911_003 夜の氷見漁港にそびえ立つ塔は「比美の江大橋」の夜景です。寒ブリや本マグロの水揚げで有名な氷見漁港の近くにある「斜張橋」です。橋長112㍍、幅21㍍、主塔の高さが51㍍もあります。橋はライトアップされ幻想的な景観を作り出しています。昼は橋の上から、海越えの立山連峰の大パノラマが一望できるビューポイントとして人気があります。近くにフィッシャマンズワーフ「海鮮館」もあり、道の駅となっているため、200822 東海北陸道開通以来、来訪者が倍増しています。ただ、気になることは、一見のお客さんを相手するにとどまり、リピーターを増やす努力をしなければ単なる通過地点となってしまう危険性があります。関係者は「今がよけりゃ・・・、後のことは知らない・・・・」と、いわゆる公務員等の転勤根性(課題先送りの責任逃れ)みたいでなければいいのですが・・・・心配しています。

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2008年9月 9日 (火)

重陽

20080909_001 今日は五節句のひとつ「重陽の節句」でした。5節句とは人日、上巳、端午、七夕、重陽をさしますが、若い人どころか年配の人でも知らない人が多い。重陽は菊の節句とも言われてきたが旧暦時代のこと故、新暦ではちょっと季節的に早い。それでも、秋を求めて散歩に出かけた。真言宗の古刹、朝日山上日寺の鐘楼堂の工事が完了していた。総欅造りのため、しばらくは 養生期間を置くとのこと、年末には木材の躍りを調整して完成となるそうです。除夜の鐘20080909_011_2は真新しい鐘楼堂から街に響き渡ることでしょう。重陽の節句については香子さんのブログで詳しくご紹介です。ここ、http://yasounikki.exblog.jp/

境内には大正15年10月、国指定の天然記念物「オオイチョウ(大銀杏)」がある。白鳳10年(681)に上日寺が創建された際、観音菩薩を安置し、霊木としてこの銀杏を植えたと伝えられている。日本屈指の大きなイチョウであり、上日寺を別名「銀杏精舎」とも呼ぶわけです。葉陰からかなり大きく実ったイチョウの実が秋の陽光に輝いて秋の深まりを待っているかのようでした。

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2008年8月28日 (木)

鐘楼堂の棟上げ

20080828_002 蘭翁家の菩提寺である真言宗の古刹、朝日山「上日寺」の鐘楼堂新築の棟上げ式がありました。上日寺の鐘楼堂は以前にご紹介した奇祭「ごんごん祭り」縁の鐘付き堂であります。梵鐘は戦時下も供出を免れたもので、鐘銘によれば、貞享5年(1688年)に製作されたと記されています。この梵鐘を支える釣り鐘堂は、江戸の初期のものと鑑定されていますが、屋根など到る所が修理や改築を重ねられて今までの長い年月を耐えてきました。しかし、とうとう今般老朽化が甚だしく、新築されることになりました。解体により 部材の採寸を行い、古くからの形のまま再興されるもので、横物のみ今までより太い部材を使用するとのことでした。鐘楼堂の真ん中には、大切に毛布で保護された梵鐘が鎮座して鐘楼堂の完成を静かに待ち20080828_007佇んでいました。いつもは見ることができない梵鐘の上部は、2匹の竜頭が重い鐘を釣り上げる形になっていました。2日がかりの上棟ですが、無事終了することをお祈り申し上げました。関連の上日寺ブログは↓ここです。   http://blog.livedoor.jp/ryusei_ashzn/

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2008年8月 2日 (土)

酷暑の中 ①

暑い盛り、恒例の「ひみまつり」がはじまった。200882_636回目を数える催しですが、長い間に随分と様変わりをしてきました。最初の頃は、「復興祭」といって、氷見大火後の街の復興を記念して仮装行列などが行われていました。最近は「素人屋台」や「氷見音頭踊り流し」、「獅子舞競演」、「花火大会」などに人気が集まっています。しかし、保育園や幼稚園の出し物は必ず初めに行われます。ハッキリ言って、人集めの手段になっているようです。けっして悪いことではありません・・・(実際、保護者や家族が大喜び・・・?)

さて、私の校下(最近は校区が全国的・・)でも「安全なま200882_8ちづくり推進協議会」なるものが春に結成されましたが、まだ、自治振興委員による形ばかりの組織です。それが、この炎天下のイベントでパトロールが割り当てられました。3人一組で2時間、40℃近くにもなるアスファルトの雑踏を60代後半から70代前半の自治振興委員が、揃いの帽子とチョッキに夜でもないのに青く光るハンド警告灯を持って歩くのです。抑止効果とは言え、計画した者も者ですが、引き受けた者も者であると蘭翁は思います。日頃から健康優良爺を自認している蘭翁ですから弱音を吐かずに任務を全うしましたが、結論は「不適材・不適所」であります。帰宅してしばらくは静かに横になっていました。軽い熱中症状態だったのかもしれません。もっと「適材・適所」の層があると思うのですが・・・老体に事故があってからでは遅いのです。暑さのためか、愚痴っぽいお話になりました。暑気払いでもしなくては?

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2008年7月18日 (金)

夏色の有磯海

2008712_012 梅雨末期の日本海「富山湾」。氷見の海岸は「有磯海(ありそうみ)」と昔から名付けられています。水平線の彼方に見えるはずの立山連峰は水蒸気と薄雲に隠れて見えませんが、海の色はもう「夏色」、間もなく梅雨明けのことでしょう。カモメが群れをなして餌が多い魚市場の方へ移動中でした。今年の夏も暑い夏になるのでは・・・と思っています。暑さに負けない気力・体力が大切です。明日19日は土用の入り、24日は土用の丑の日、「国産の鰻」を食べなくては・・・・。

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2008年7月16日 (水)

祇園大祭

2008714_045_2 江戸時代に疫病が流行したときに京都の八坂神社から祇園祭の分霊を迎えて祈願し、疫病を退散した故事にのっとり毎年7月13日と14日に氷見の祇園大祭は催行される。旧氷見町の南十町には昭和13年の氷見大火で焼け残った4台と再興された1台の計5台の曳山が巡行しました。夜は提灯山として町内を巡行しました。幻想的な提灯山の練り歩きは夏を彩る氷見の 風物詩でもあります。また、祇園宮からは御神輿とその前後を衛護する11台の「太鼓台」も列をなして氏子の各家を2日がかりで巡行しました。太鼓台は各町の2008714_028_2青年団により「イヤサー、イヤサー」のかけ声とともに引き回され、太鼓の大きな音が重なり、青年たちの熱気と夏の暑さが夏祭りのムードをいやが上にも高めます。興奮が最高潮に達する夜には、あちこちで太鼓台のぶつかり合いが繰り広げられ、勇ましい魚の町の夏祭りが深夜まで続きました。

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2008年7月13日 (日)

祭礼

2008713_006

             

 寒ブリの里の祇園大祭(13日、14日、15日)

 年行司執行のため、

 工事を中断(暫時休憩?)いたしております。

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2008年7月10日 (木)

行灯

2008710_003 氷見市最大の夏祭り「祇園大祭」が間近に迫ってきました。2日がかりで祇園の神様の御神輿が氏子の家々一軒残らずご巡幸になられます。各家では、神様を迎えるために「行灯」の紙の張り替えをいたします。蘭翁も、今日の午後から張り替えをいたしました。御神輿に家の前で止まっていただき、神官のお祓いを受ける家庭では、「御駐輦」の札紙を貼り付けます。不幸があったりしてご遠慮の家庭ではこの紙を貼り付けません。

この行灯、思えば40年ほど前に蘭翁が手作りしたものを毎年使ってきました。あり合わせの材料で作ったにしてはよく持ったなあと感心しています。今年は天板を交換する修理をいたしました。これでまた、しばらくは使えそうです。お祭りの当日は、家紋入りの幕を張った玄関に吊し、明かりを入れて京都八坂神社の神様をお迎えします。「悪い病気が流行らないように、家内安全でありますように」と祈りを捧げます。

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2008年7月 4日 (金)

名誉市民に忍者ハットリ君?

Photo 本日、忍者ハットリ君ならぬ藤子不二雄の「氷見市名誉市民顕彰式」がとりおこなわれました。多くの市民や報道関係者がつめかけた会場では、氷見市長より「氷見市名誉市民称号記」と「名誉市民章」が贈られました。昭和9年氷見市生まれの藤子不二雄氏(本名 安孫子素雄、川崎市在住)は生まれ故郷氷見のために漫画キャラクターを使った街の賑わいづくりと観光振興に多大のご尽力をされ、200874_005 氷見市の活性化や交流人口拡大に大きく貢献してこられました。顕彰式次第の功績概要はデジ画のように実にカラフルでありました。藤子さんは顕彰式の後に木訥とした口調の中にもユーモアに富んだ謝意を述べられましたが、故郷への愛着が溢れるご挨拶でありました。藤子先生は蘭翁の高校の先輩でもあります・・・・あんまり関係ない話でしたござる・・失礼しました。

藤子ワールド氷見情報は過去スレをどうぞご覧下さい。

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2008年7月 1日 (火)

半夏生

200871_008_3  夏至から11日目の今日は、「半夏生」といいます。蘭翁には余り馴染みのない言葉です。一度調べてみたことがあるのですがどうもハッキリしない。関係ある植物も2種類あり、カタシログサもカラスビシャクもよく知りません。半夏生は半化粧だという説明に至ってはますます分からなくなってしまいます。

デジ画はその半夏生「7月1日」夜9:00頃、何時も通っている温泉民宿近くの水田で輝く「蛍」です。ヘイケボタルですが数え切れない数の蛍が乱舞していました。ここ10年ぐらいはほとんど姿を消していたのに、今年は久しぶりにビックリするほどの「復活」で、大変うれしい気持ちで帰宅しました。昔、蛍狩りに出かけた頃はすごく暑かったと思うんですが、今年は梅雨なのに割とカラリとして涼しい感じでもあります。ありがたいのですが何だか変です・・・・・・。そして、今の子供たちは「蛍狩り」なんて知らないのでは・・・・・。

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2008年6月30日 (月)

胎内くぐり

2008630 今年も今日で半分が終わりです。早いものでお正月からもう半年が過ぎたのです。自宅から歩いて3分の日吉神社へ胎内くぐりのお詣りに出かけた。8の字を横にしたようなくぐり方をして、大祓人形に名前と年齢を記入し、お祓い料を添えてお詣りを済ませました。平日とあってお年寄りを中心にポツポツ参詣がありました。夕方になると家族連れで子供たちもお詣りに来て賑わいます。蘭翁も幼い頃に胎内くぐりをしたことを不思議によく覚えています。それあるか、拝殿ではお土産の風船作りが始まり、蘭翁も汗をかいてお手伝2008630_002いをしてきました。最初は風船を口でくわえて息を吹き込んでいたのですが、数個膨らませたところで文明の利器が到 着しました。デジ画の黄色の「風船膨らまし器?」です。歯茎の奥が変になっていたのでありがたかったが、こんどは腕が疲れる番となりました。物理学的には風船に圧縮された空気の反発するエネルギー分だけのエネルギーを使うわけですから、どんなやり方でも疲れるのは同じはずなのですが・・・・・疲れ方の感じが異なります。あなたはどちらを選びますか?

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2008年6月28日 (土)

夏越の大祓

2008628_002_22008628_005_2 罪や過ち、心身の穢を祓い清めるための神事を「大祓」といい、6月30日の大祓を「夏越の大祓」といいます。大祓には「形代」(撫物(なでもの)ともいい、紙を人の形に切り抜いたもの)に、名前と年齢を書き、さらにその形代で身体を撫でて息を吹きかげます。 そうすることにより、自分の罪穢を移し、それを海や川などに流しわが身の代わりに清めてもらいます。 また、夏越の大祓の日は「茅の輪くぐり」も行われ、疫病や罪穢を祓らいます。祇園宮・日吉神社に年行司関係者が集まって、刈り取ったばかりの青々としたスゲで大きな輪を作りました。昔は茅(かや)と葦(あし)で作ったものでした。2008628_006_2氷見地方では「輪くぐり」のことを「胎内くぐり」とよんでいます。

一方、町内の公民館では、老人会の皆さんが来月の祇園祭で巡行する「曳山車」の花山(夜は提灯山)用の花作りをされました。色和紙を重ねて器用に作業され、見る見るうちに仕上がっていきました。梅雨はまだ明けていませんが寒ブリの里では、夏行事の準備があちこちで進められています。

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2008年6月24日 (火)

麦秋祭

2008623_003_3   本日は、地蔵愛宕社の秋季大祭(麦秋祭)並びに中黒六左衛門命祭でした。朝からお宮さんへ詰めて、太鼓をたたいたり接待をしたり、御神酒を頂いたり・・午後3時半からは神事が執り行われました。江戸時代、加賀藩の奉行であった中黒六左衛門命の大恩に感謝するお祭と境内に鎮座する諏訪神社、および神馬へのお詣りが同時に行われました。今年は中黒氏の末裔にあたる3家族の皆様が、東京・金沢・新潟から駆けつけられ、お詣りの後町内奉賛会役員と一席を設 け、親交を深めました。以前にもこのブログで地蔵町と中黒六左衛門のことを触れましたが、詳しくは地蔵町のHPをご覧下さい。2008623_008_3 2008623_0152008623_016http://www.geocities.jp/atago94/

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2008年6月21日 (土)

獅子舞

200862_003200862_011200862_01823日が前夜祭で24日が本祭と言うのが本来の祭礼日なのですが、青年団など若者たちが気兼ねなく獅子舞奉納に没頭できる土曜日に巡行が行われるようになって久しい。 梅雨の晴れ間を射止めた今年の獅子舞、お宮さんで朝7時半から神事を執り行って、神前での奉納の舞いが境内で続いた後、町内巡行が始まった。250軒を超える氏子各家で獅子舞が舞わされるので、全てが終わるのは翌日の深夜2時から3時頃になる。重い獅子頭、天狗の舞い、太鼓台と笛、鐘など長時間担当する青年団員のエネルギーは大したものである。それを裏で支える壮年層や賄いを担当する婦人部などの協力もすごいものである。地元テレビ局と新聞全国紙の取材もありました。氷見は獅子舞の里でもありますが、少子化の中で伝統文化を守り伝えていくことは大変困難な状況にあるのも現実です。氷見の獅子舞についてはここをご覧下さい。http://www.city.himi.toyama.jp/kankozyouhou/event/shishimainosato/sisimainosato.html

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2008年6月16日 (月)

海の見晴台

2008612_2 芝生の向こうは富山湾、氷見の海岸の埋め立て地で公園が造成されている。遠く立山連峰が残雪を白く光らせて雲の間から垣間見える。6月中旬の穏やかな午後の一時、散歩中の人影も見える。ここのところ、町内や友人宅の訃報が相次ぎ、お手伝いやらお参2008612_4りやらで忙しい毎日が続いた。葬祭ホールへの途中でふと車を止めて海を眺めた。鬱いでいた気持ちが少し薄らぐ感じがした。改めて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしました。

漁港では、毎日マグロの大漁が続いている。

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2008年6月12日 (木)

高速道路工事

2008612_003 紫外線の強い日差しの中、氷見・七尾道路の工事が進んでいる。7月5日に能越道の全線開通が予定されており、名古屋から氷見まで片道3時間の日帰り圏内となります。氷見インターから先の能登へ通ずる工事が急ピッチで進められています。現在工事中区間の生態系に関するアセスメントは、平成8年頃であったと記憶していますが、昆虫に関する調査結果の鑑定を引き受けたことがありました。その時は遙か未来のことと思っていましたが、現在工事中です。近い将来、能登半島の突端から渥美半島の恋路が浜まで5時間余りのドライブが可能となりそうです。日本海と太平洋を結ぶ道路でありますが、途中に魅力一杯のポイントが目白押しの観光道路でもあり、本当に楽しみです。

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2008年6月 4日 (水)

ア ド

Photo大伴家持が遊んだ「布勢の水海」、後の十二町潟も今は干拓が進んで小さくなってしまいました。それでも水郷公園として素敵な橋がかけられるなどの環境整備が進み、白鳥が毎年飛来するようになっています。デジ画は、水郷公園に復元された「アド」と呼ばれる小屋です。「アド」とは網処(あみどころ)のつまった言い方であろうと考えられています。昭和の30年代中頃まで設けられていました。竹で広げ た網を水中に沈め、魚が入るのを小屋で待ちます。頃合いを見計らって網を引き上げ、魚を2008521_001捕る仕掛けです。鮒、鯉、鯰、鰻などがよく捕れたということです。能登地方には海にこれとよく似た仕掛けの「ボラ網小屋」があります。小屋の横にある船は、いわゆる笹舟で、内水面で用いるものです。私たちは「ドンベブネ」と言って海で使う船と区別をしていました。ドンベブネは長い竹竿で湖底を押しながら前へ進みました。海で使う「伝馬船」は櫂(かい)を操って前へ進むものでありました。

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2008年6月 2日 (月)

祇園祭

200862_001 7月には氷見市で一番大きな夏祭り「祇園大祭」がやって来ます。年行司を務める蘭翁の町内は、今からその準備に余念がありません。今日は、公民館の脇で神社の大行灯3基の貼り替えの為に、古い紙を洗い剥がしました。作業をしている人間は町内の役員8名ですが、多分平均年齢は67歳ほどです。昔とちがって、今の時代はリタイアした者でお祭りの準備などのお世話をしなければなりません。それでも、今の60代は元気です。若い者には負けていません。体力は少々衰えていても豊富な経験がものを言います。何だかんだと言いながら、結構楽しくやっています。心だけは若返った気持ちです・・・・。

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2008年6月 1日 (日)

須々能神社祭

200861_002海岸に建立されている須々能神社の祭礼の日でした。穏やかな日和に恵まれ、漁業関係の方がお詣りにやってこられました。能登にある須須(珠洲)神社から神様を迎えたと伝えられています。須須神社の現在の祭神は彦火瓊瓊杵命ですが、元来は御穂須須美命でありました。何で珠洲から神様をお迎えしたのか?・・・・こんな伝説があるんです。「義経主従が珠洲沖を航海中嵐に遭ったとき、近くの珠洲権現(須須神社)に祈りを捧げると嵐がやんだ。そのことに感謝して須須神社に笛を奉納していったと・・・」(この笛は現在も神社の宝として、大切に保管されている。) そもそも御穂須須美命が鎮座されているのは、島根県の美保神社ですが古くから「海上の安全の神」として信仰を集めていました『出雲国風土記』では、奴奈川姫が大国主命(八千矛神)と結婚して、美穂須須美命が誕生したことが書かれています。(奴奈川は新潟県糸魚川で、晴れた日には遠く珠洲の岬が見えるといいます。また、須々能神社は遙か珠洲の方角に向けて建立されています。)

漁師さんたちが、これらの故事などにあやかって海の安全を祈願したというのが蘭翁の推察です。誰言うとなく「珠洲の神社」が「須々能神社」となったのでしょう。この地の年寄りは須々能神社のことを「権現はん」と呼んでいました。私たちも小さい頃は「ごんげはん」と言っていました。

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2008年5月28日 (水)

能登半島

2008526_006 寒ブリの里から見た「能登半島方面」です。方面と断ったのは、デジ画の右突端は富山県と石川県の県境辺りです。能登半島の基部ではありますが、能登半島の大部分はデジ画の山の背面に連なっていて、ここからは見えないのです。山並みの山際こそが地図上の県境になります。デジ画の左側中段の黒々としたお椀を伏せたような所は、以前(5月3日)に紹介した「唐島」です。デジ画をクリックして大きくすると、右端に別の島が小さく見えます。この島は「虻が島(あぶがしま)」といって、生物学上の貴重なデーターを提供してくれる魅惑の島なのです。夏になると、遊覧船でこの島へ渡ることができます。「虻が島」(右のデジ画)の紹介は夏Photoまでお預けにいたします。さて、実際に海岸線をドライブして、県境まで行きますと「虻が島」よりも「唐島」よりももっと小さい「仏島」が手の届くくらいのところに浮かんでいます。島の形が座して念仏を唱える仏様に似ているところからその名がついたと教えられました。氷見には「3つの島」があって、ここが「寒ブリ漁の現場」なんですよ、というお話で「続き」は後日ということであります・・・・。

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2008年5月24日 (土)

移動可能な植物園

2008524_010_2氷見松尾山行願寺「万葉植物園」の開園式が執り行われました。市内外から多くの皆さんが集まり、会場の本堂は満員でした。正午過ぎ、御斎を頂き、お抹茶まで頂いた後、植物園を観賞させていただきました。多くは、盆栽作りになっており、住職の話では「移動可能な万葉植物園」との説明もありましたが、全国でもここだけのことでしょう。開園式では小雨の中、標柱の除幕式もあり、華やいだ雰囲気でした。山間の小さな部落に人々の暖かい気持ちが繋がるように集まり、時ならぬ賑わいの一時となりました。2008524_022手づくりの栞も素敵なツバキの絵柄で、直ぐ近くの県指定の天然記念物「老谷の大椿」の花を彷彿とさせるものでした。記念講演もあり、蘭翁の中学校時代の恩師中居敏雄先生の「万葉集にみる花・木」を楽しく拝聴させていただきました。久しぶりにお会いする方も多くあり、楽しい時間をたっぷりと過ごして夕方帰宅しました。 

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2008年5月23日 (金)

石窯パン

2008520_001_3 氷見市と高岡市の境に、素敵なパン工房があります。石窯パン(昔のパンを昔の作り方で再現)を作り続ける「ブレッド」さんです。店のドアには「Great bread for Great health」と書かれています。

蘭翁家では、朝はパン食にして久しいのですが、いままでいろいろと美味しいパンを追求して来ましたが、そろそろゴールのように感じています。このお店のパンは薪を焚いて石窯で焼 いているのです。とにかく美味しいのです。蘭翁は逆流性食道炎とかでバターを使うと胸焼けすることがあるので、ペースト状のチーズを使っていますが、何にもつけないで食べても本当に美味しいんです。ああ、「これが本当のパンの味なんだ」と感じるのです。

店内にはギャラリーカフェがあり、買ったパンをコーヒーを楽しみながら食べることもできます。定期的に個展等のイベント企画もあります。つい最近は漢詩と篆刻の展示がありました。何とも素敵な空間が気に入りました。前に「竹の子や」を紹介しましたが、直ぐ近くです。お店の奥様から、「東洋蘭の展示をどうぞ」と水を向けられました。機会があったら、やってみようかな・・・と思っています。 2008520_0042008520_006_3

パン工房「ブレッド」さんのホームページはここ http://www.b-koko.com/uhp/index.php?OWN=1104

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2008年5月22日 (木)

万葉植物展

2008521_003 お知り合いのお寺の住職さん、自坊の境内で「万葉植物展」を開催される!

第一回が5月24日(土)午後一時半に開園式である。7月下旬に第2回(夏の展示)、10月下旬に第3回(秋の展示)、来春は堅香子(カタカゴ)の咲く頃に春の展示を計画されている。お寺は氷見市岩瀬(イワガセ)1796の行願寺(浄土真宗大谷派)で、ご住職は鬼2008521_002_2彡(こだま)宣宗氏である。氏は万葉集から100首余りの歌を選び、盆栽など鉢植も含め、歌に詠まれた多くの植物を準備された。今回は花の時期が終わっているが、緑を愛でていただきたいと30点あまりを準備中である。展示にはそれぞれの歌を知人・友人・檀家の方などに揮毫を依頼した歌札を建ててある。場所は石川県境に近いところであるが、万葉集や植物に興味のある方は近々、是非ともお出かけになったらいいと思います。年寄りの冷や水ですが、お寺ですから、「先ずご本尊にお詣り」は、お忘れ無く・・・・22日の北日本新聞朝刊に記事があります。

蘭翁も揮毫を依頼されたうちの1人でありますが、 元より筆を取ることもない輩なので堅くお断りをしたのですが、どうしても引き受けざるを得なくなり、 気の重いひと月を過ごして、やっと昨日、木札をお届けした次第です。聞くところによりますと、こだま氏が高校生のころ(昭和28年)、Photo学校の庭に万葉植物園を造成した思い出があり、自分のところでも是非、万葉植物園を作りたいと夢を持ち続けられたそうです。古希を過ぎて未だ溢れんばかりの情熱に頭が下がる思いを抱きました。男は幾つになっても少年の心を失いたくないものだと改めて感じ入った次第であります。 地図はクリックすると拡大して見ることが出来ます。高速の氷見インターで降りたら、国道415で羽咋方面へ進み、谷屋の三叉路交差点を左折し曲がり真っ直ぐでイワガセ(岩瀬)です。その他にもルートはいろいろ、ほとんどの道は全舗装の安全なドライブコースです。では、気をつけて・・・・・

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2008年5月20日 (火)

恵比須講

2008520_003 寒ブリの里氷見では、浜辺に点在する多くの神社で「春の恵比須講(エビスコ)」が執り行われました。一般的には魚取祭ですが、民間信仰的な講で、氷見では古くから「エビスコ」と呼んでいます。蘭翁の家近くの海岸にある「須々能神社」は、その昔、町内外の網元や漁業従事者の寄進により建立され、能登の珠洲からご神体を勧進したと伝えられています。老朽化のため近年の台風で倒壊し、一昨年のこと町内の篤志を集めて再建したものです。また、その昔に愛宕社境内恵比須堂にお祀り(仮殿)していた恵比須様も合祀されています。そんなわけで、春と秋(11月20日)の2回、海の恵みに感謝し、海の安全と豊漁を祈るエビスコを執り行っています。午前中の雨2008520_015も昼から上がり、爽やかな日和の中で神事が厳粛に行われました。

氷見市史によると「氷見浜には恵比須堂が多く、今は魚取社と称している。独立したお堂を持つのは12ヶ所、合祀されているものが10ヶ所ある。」と記載されています。海岸沿いの道を車で走ると、あちこちで赤い幟旗が風にはためいていました。蘭翁も「大漁と海の安全」を心から祈願して、玉串の奉奠をいたしました。

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2008年5月18日 (日)

阿尾城跡

2008516 氷見漁港の北側に海に突き出た阿尾鼻という景観のいい舌状台地があります。阿尾城はこの断崖絶壁の上に築かれた平山城でありました。築城は戦国時代の末頃、九州肥後の武将菊地武勝によるものとされています。武勝の父義政が何故流浪の旅に出たのか、九州の名門菊地氏の没落がどんな理由であったのかは知る由もないが、苦難の旅の果てに氷見へ入り、武勝が築城から廃城までの三十数年間を城主として戦乱の世を生き抜いた歴史が残っている。それは、武勝が上杉謙信、佐々成政、織田信長、前田利家と順々に結び、戦国動乱の時代に処したと伝えられていることである。城の大手道も残っており、神社への参道となっている。参道は途中で二手に分かれ、二の丸へは急勾配となっている。二の丸と本丸の間は細い尾根道のような状態で50メートルほどあり、守り堅固な城であったことを窺わさせる。城跡から見下ろす阿尾の部落は、屋根瓦が光って見え、灘浦海岸へと続く景観は印象的であり、城跡の北側は夏の海水浴場として穴場的存在であります。

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2008年5月16日 (金)

壁と言えば、「バカの壁」シリーズで養老孟司氏はいろいろと面白いお話を展開されました。3年前に、養老氏を招いて「講演会」を企画しました。講演のテーマーについてお伺いを立てたところ、「そちらで適当に考えてくれ・・・・」と言う返事でした。「何でもいい」というわけにもいかないので仲間内で3つほど考えて提示したところ、蘭翁の案がいいと返事がありました。それで「壁の向こう側」という講演題に決まったのでした。

2008516ところで、氷見漁港界隈に面白い壁が2つあります。 1つは「魚市場の建物の壁」、氷見で捕れる海産物が季節毎に描かれています。港の奥まったところなので余り有名ではないようですが、直ぐ横に「誰でもキトキトの魚を食材にしたランチ」が食べられる、もともとは漁師さんの食堂「海寶」がありますので是非・・・・

2008516_2もう一つは、同じく氷見漁港の海鮮館前の「ブリンス館の壁」、曇っていて波越えの立山連峰が見えない時のためなのか、大きな写真が壁になっています。すごい写真なんですが、一年中「雪景色の立山連峰」ってのがどうも・・・・、そして撮影の場所も違うし、写真の方向が実際とは90度ずれているんです。まあ、実物が見えないときに見るんだから、いいか・・・・

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2008年5月14日 (水)

布勢の丸山

2008514_004 約1,000年以上も昔、氷見市に大伴家持がこよなく愛したという「布勢(ふせ)の水海(みずうみ)」と言う大きな湖がありました。今では、干拓が進められたため、湖は小さくなり、十二町潟にその名残をとどめるのみとなりました。「布勢の丸山」は、標高20メートルほどの丘で、「布勢の水海」にぽつんと浮かぶ孤島だったとか、「垂姫の崎が後に仏生寺川により浸食されて今のような形になった」等の説があります。いずれにしろ、家持の時代には大きな水海の上に浮かんでいた場所であることは確かであります。デジ画のとおり、今の時期は田植えが済み、広々とした水田に囲まれた風景で、万葉の時代を彷彿とさせるものがあります。丘の上には布勢神社と家持を祀(まつ)る御影社があります。また、享和2年(1802)に建てられた「大伴家持卿遊覧之地」と刻まれた石碑があり、万葉関係の碑としては富山県内最古のものであります。また、明治33年に家持卿千百年祭が盛大にこの地で行われ、その際に建立された大きな銅碑「大伴家持卿之碑」もあります。かなり急な石段を登らなければならなりませんが、小学校時代の遠足恒例の目的地の1つでした。家持は、「垂姫の 浦を漕ぐ船 楫間にも 奈良の吾家を 忘れて思へや (4048)」などと望郷の心を詠んでいますが、丸山の名は万葉集には出てきません。当然のことですが、今のような丘になったのはずっと後の時代なのです。秋田の象潟(きさかた)のことを思い出してしまいます。

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2008年5月11日 (日)

掲示板

2008511_003 夜来の雨も朝の内に上がり、役員総出で「町内会の掲示板」を取り付けました。町内の大工さんにお願いした、「丁寧な手作りの掲示板」です。最近はアルミサッシの頑丈なものが流行っていますが、やはり木造の掲示板は廻りの風景にマッチします。広い町内なので新設2ヶ所、取り替え2ヶ所の4ヶ所に設置しました。これで合計5ヶ所になり、情報の伝達もやりやすくなりました。少子高齢化の時代はこんなところにも細かい心配りが大切です。いくらインターネットが発達したと言っても、地域社会での伝達方法は「掲示板」「回覧板」、そして「寄り合い」に勝るものはありません。朝の8時から作業をして10時には終わりました。早速、奉賛会のポスターが張り出されていました。 老人クラブ、婦人部、児童クラブ、健康づくりボランティア2008511_008などの皆さんに連絡したところ、大喜びでした。大いに利用して欲しいものです。

数年も経って古くなったら、また新しいものに取り替えればいいのです。蘭翁の目の黒いうちは「木製掲示板」に拘りますよっ。う~ん、自分ながらいささか「頑固爺」の仲間入りをしたのかな・・・・という思いでいます!      実は、昨晩は隣保班の親睦会で、しこたまお酒が入っていましたので、少し2日酔い気味でしたが、朝から汗を流してサッパリとした気持ちになりました。

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2008年5月 3日 (土)

唐島の祭り

200853_003 氷見漁港から300メートルほど沖合に「唐島(からしま)」と呼ばれる島があります。富山湾には島はほとんどありませんが、氷見には唐島と「虻が島(あぶがしま)」の2つの島があります。唐島はその昔、藤子不二雄氏の生家である光禅寺の開創者と伝えられている素哲禅師が、中国南経山の塔閣の大火を防いだお礼に、唐からこの島を贈られたと言う伝説があります。いわゆる国引き伝説に近いものと思います。5月3日はこの唐島のお祭りです。島には 弁財天などが祀られていて、漁師さんたちの信仰を集めています。昔はお祭りの日には、大漁旗を掲げた伝馬船で誰でも唐島へ行くことができましたが、今は禁止され、デジ画の遊覧船と許可を得た数隻の舟だけが運航しています。お祭りには島に地元青年団の獅子が渡200853_007り、「獅子舞」を奉納いたします。奉納が終わった後は、町内の各戸を舞い渡ります。

ところで、本当のところ「唐島」ですが、もともと陸続きだった石灰質砂岩のところが波の浸食によって削られ、堅いところが島になって残ったものと推定されています。島の岩石には長い年月の間に波の浸食により、欧穴ともポット・ホールとも呼ばれる30㎝前後の穴が多くあり、地質学上貴重な存在となってるところがあります。

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2008年4月27日 (日)

筍掘り

2008427_4  昨夜来の雨も朝方には止み、お友達の「山屋さん」の竹林へ、筍(竹の子)掘りに出かけました。手入れの行き届いた竹林に僅か2~3㎝顔を出してる筍を見つけ、専用の道具で掘り起こします。親の竹と地下茎で繋がっていますので、その根本をガッと道具で切り離し、ねじ上げると竹の子を楽に取り出すことができます。繋がっている方向は、経験で分かりますので、慣れると簡単だと言えます。生のままでも食べられる新鮮な筍は家へ持ち帰って直ぐに皮を剥いて下ごしらえをします。筍は鮮度が命なのです。デジ画は、お店で売っている筍と較べて、小さいと思われるかもしれませんが、地面の中にあったものを掘り起こしていますので、節と節の間隔が大変短いのにお気づきいただけると思います。これこそ「筍」、これが実に旨いんです。汗をかきながら1時間余り、いい運動でした。 斜面が多いので、慣れてはいても、疲れるのも事実です。竹林の風にあたりながら、家から持参した魔法瓶のコーヒー「ブルマン・ミックス」をいただき、タバコを一服、至福の一時を過ごしてきまし1831_2た。ご近所さんにもおすそ分けし、余分なものは細かく刻み、サランラップで1回分毎に包んで冷凍にしました。これで、お味噌汁や筍ご飯がいつでも楽しめるのです。ああ、そうそう、お昼に「筍のお刺身」も頂きました。甘くって美味しかったです。自然の恵みとお友達の友情に心から感謝・・・。氷見地方の筍は5月上旬がピークです。特に高岡市と氷見市の境、西田(サイダ)地区は美味しい筍の産地で、「筍づくし」の料理を食べさせてくれます。特に蘭翁の知り合いが「竹の子家」というお店をやっていまして、味も最高です。国泰寺の横ですが人気があり、シーズンは混み合いますので電話0766-44-1398(北村さん)でご予約をされるといいと思います。美味しくて目から鱗の筍料理ですよ。

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2008年4月26日 (土)

正御影供

2008426_004寒ブリの里氷見の「朝日山上日寺」は真言宗の古刹です。蘭翁の家の菩提寺さんです。本日は正御影供(通称 開山忌)がありまして、お詣りとお手伝いに行って参りました。正御影供は、真言宗開祖 弘法大師空海様がご入定された日に、お大師さんの御影(御像)に供養する日です。本来は、3月21日なのですが、上日寺では毎年4月26日に本堂で法会が営なまれます。お大師さんの足跡を賛嘆すべく、弘法大師和讃を皆さんとともにお唱えいたしました。おとき(昼食)は大変美味しい旬の味「筍ご飯」でした。境内の入り口の天然記念物に指定されている樹齢1200年の大公孫樹(銀杏)が新芽をほころばせていました。今年は例年より新緑が早い感じがいたしました。半日をお寺で過ごしましたが、結構多くの一般観覧者があり、遠くは横浜からバスで観音様の御朱印を頂きにお参りの団体さんもありました。上日寺法印(住職)さんのブログは「朝日山聖俗混迷山主日記」、大変興味深い内容で,正御影供の詳しい説明も載っています。是非ご覧下さい。

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2008年4月24日 (木)

ハットリ君 ⑤

Photo_4 モニュメントを楽しみながら歩いてゆくとハットリ君 ①で紹介した藤子不二雄氏の生家「光禅寺」の紹介パネルがあって、やがて「潮風ギャラリー」に到着します。昨年開館した小さなミュージアムです。藤子氏のマンガの原画など興味深い展示が楽しみです。最近展示内容をリニューアルしたというニュースが届いています。ここから魚市場の方へゆっくり歩いて行きますとPhoto_5「海鮮館」が見えてきます。小さいながらもフィッシャマンズワーフです。 そこにも「うみぼうず君」や「ブリンス館」が待っています。あちこちに藤子キャラが佇んでいる氷見の街ですが、そう言えば、JR氷見駅にも虹の橋のカラクリ人形のレプリカが並んでいます。氷見で藤子ワールドをお楽しみ下さい。もちろん美味しい魚料理も・・・・・

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2008年4月23日 (水)

ハットリ君 ④

Photo カラクリ時計の「虹の橋」を眺める場所が「中の橋」です。海側には、立山連峰から昇る朝日をイメージした河川噴水が、朝9時から夜7時まで(夏季は夜9時で、ライトアップ有)、ダイナミックな演出で見る人を魅了しています。「中の橋」から続く潮風通りには、楽しいおしゃべりをするサカナ紳士録モニュメントが並び、子ども達にも大人気です。デジ画はその中でも王様Photo_2格の「ブリンス」です。当然、氷見の寒ブリ君のことですが、他にもユニークなキャラが揃っています。モニュメントの前に立つと話しかけてきますから、耳を傾けてください。

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ハットリ君 ③

Photo市街の中心部を流れる湊川周辺は、水と緑に親しみ、憩いと やすらぎあふれる一帯で「湊川リバーウォーク」と呼ばれる散策ゾーンとして親しまれています。その湊川の、中の橋と復興橋の間にかけられた“虹の橋”には、ハイテクを駆使したカラクリ人形が仕掛けられています。何で「虹の橋」と言うのかは、晴れた日に行くと分かります・・・・。人形たちの原作者は、氷見市出身の漫画家藤子不二雄さんで、「忍者ハットリくん」と仲間たちが、朝9時から夜7時(夏季は夜9時)まで、毎正時に(1時間ごとに)ファンタジックショーをくり広げてくれます。最初にカラスが鳴くんです。「カァ~カァ~」って・・・・・

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2008年4月22日 (火)

ハットリ君 ②

PhotoJR氷見線には1日に何便か「忍者ハットリ君列車」が走っています。忍者ハットリ君とその仲間たちがディーゼルカーの外にも中にも天井にまで描かれていて、富山の大自然の中を飛び回っています。氷見出身のマンガ作者、藤子不二雄 氏も参加されて盛大な開Photo_2通式があったのは、もう3年前のことになりますが、今も子供たちに大人気です。 この4月から車内では「忍者ハットリ君の声による沿線の案内放送も始まっています。また、氷見線内を走る「忍者ハットリくん」列車の運転時刻は平成20年4月から土・日・祝日に限り下記の時刻に定時化されています。

《下り》 高岡発→氷見行き

《上り》 氷見発→高岡行き

8:35発(1両)   ⇒ 9:03着

9:17発(1両)   ⇒ 9:46着

10:16発(1両) ⇒ 10:43着

10:50発(1両) ⇒ 11:18着

12:45発(1両) ⇒ 13:13着

13:21発(1両) ⇒ 13:51着

14:12発(1両) ⇒ 14:39着

14:46発(1両) ⇒ 15:15着

※都合により予告なく変更となる場合がありますので、ご出発前にご確認願います。
※お問い合せ先:JR西日本北陸案内センター(TEL 076-251-5655 )まで

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2008年4月19日 (土)

ハットリ君 ①

2008414_013_2 藤子 不二雄(ふじこ ふじお)は、漫画家コンビのペンネームで、共に富山県出身です。二人でひとつの漫画を描くという完全合作に挑戦していたのですが、お互いの作風、作画に変化が現れた後は、別々に作品を執筆し、それぞれが藤子不二雄名義で発表するという、2人で1つのペンネームを使用していた。コンビを正式に解消した後は、藤子・F・不二雄と藤子不二雄の名義に改められた。子・F・不二雄(ふじこ・エフ・ふじお、本名は藤本 弘(ふじもと ひろし)で富山県高岡市出身(故人)。子 不二雄(ふじこ・ふじお・エー、本名は安孫子 素雄(あびこ もとお)で、氷見市出身、氏は今も第一線で活躍中2008414_014_2(ウィキペディア参照)ということなんですが、デジ画は市内のアーケード通りにある看板で、安孫子素雄氏の生家が「光禅寺」というお寺であることを示している。 通りには「ハットリ君」や氷見の魚に縁のあるモニュメントが並び、氷見潮風ギャラリーへと続く。氷見の中心街はさながら藤子不二雄Ⓐワールドの観がある。

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2008年4月18日 (金)

ごんごん祭り

2008418_002_2 雨が降りしきる中、「ごんごん祭り」の稚児行列が行われた。稚児行列は、かつて朝日観音の鎮守社として上日寺境内にあった日吉神社(現在は街中にある・デジ画左) に、南十町の当番町内を中心として稚児が集まり、参詣の後、太鼓台および楽人の先導で上日寺僧侶の後につづいて朝日の観音堂まできらびやかな稚児行列を繰り広げました。観音堂に着いた2008418_012_2稚児たちはお参りをして堂々巡りをし、健やかな成長を祈りました(デジ画右)。

このように、神仏分離の時代にあって上日寺と日吉神社の合同祭礼という形をとるのも、ごんごん祭りの大きな特徴であります。明治以前の長い間の伝統であった神仏習合、つまり本地垂迹説により日吉神社の祭神である朝日山王権現と上日寺の本尊朝日観音は一体であるとして人々に尊信されていたのであります。明治の神仏分離令により、日吉神社は上日寺境内を去りましたが、氷見の大火や戦争といった大きな時代の変化を経て、昭和25年に合同祭が復活されたと伝えられています。

ごんごん祭りは雨乞い(農事)に起因するお祭りであ2008418_017りますが、昔は雨に因んで「笹飴」を売る露店があり、必ずお土産に買ったものです。いま、かち割った飴を笹葉に包んだ「笹飴」を見ることもありません。それでも上日寺の縁起物売店で懐かしい「飴菓子」を売っていました。飴の包み紙には富山市荒町 井上アメヤ 登録商標 アメンボ とありますが素朴な風味といいますか懐かしい「いい味」がいたします。もちろんお守りと共にお稚児さんのお土産になりました。

 

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2008年4月16日 (水)

湊川の桜

2008414 氷見市街を流れる湊川は万葉の歌枕「布勢の水海」から流れ出て富山湾に注いでいる。デジ画は河口付近で、海岸の方から撮ったものです。

万葉集4011に、逃げ去った鷹を思い大伴家持が作った歌一首(百五句の第2の長編)と短歌があります。その中に「~ 少女が夢で告げていうには、あなたが恋い慕っているその立派な鷹は、松田江の浜を一日中飛びまわり、つなし(コノシロ)を捕る氷見の入り江を過ぎて多胡の島を飛びまわり、 葦鴨の群れ集まっている古江に一昨日も昨日もいました ~」という意味の部分があるのです。湊川はこの氷見の江(比美の江)に他ならないのです

2008414今は護岸工事がなされ、浄化も進んでいます。両岸には桜が植えられてあり、心安らぐ景観を作っています。今年は開花してから花冷えの日が続き、花が長持ちしています。明日辺りから桜の花びらが川面をピンクに染めることでしょう。蘭翁の小さい頃は、この湊川でギンヤンマを捕らえたり、鮒などの釣りをしたものです。また、この川には「復興橋」や「カラクリ人形」などもありますが別の機会に紹介をいたします。

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2008年4月15日 (火)

氷見の獅子

2008489_001_2 氷見市役所の有志職員が休暇まで取ってサンフランシスコで獅子舞を披露しました。氷見市観光親善大使に任命されている京都在住の着物スタイリスト冨田伸明さんの「浮世絵&江戸時代」と題する着物ショーで勇壮な氷見獅子を舞い上げたのです。氷見は百ヶ村百獅子と言われるほど「獅子舞」の盛んな地です。獅子舞の経験のある(・・・・多分)市役所職員が練習を重ね、この日を迎えたのですが、休暇と聞いてびっくりしています。異業種体験研修がダメならせめて職務専念の義務免除、出来れば観光協会あたりから旅費を出して、旅費別途出張が適当ではと思えるくらいの成果を上げています。衣装や道具などを借り揃えることや、公演の前の準備などは大変だったことでしょう。アメリカの人々は獅子舞の迫力に度肝を抜かれたと思います。デジ画をクリックし、大きな画面にすると新聞の文字が読めます。Photo

氷見市には近年「獅子舞ミュージアム」が建設され、伝統芸能でもある獅子舞の伝承と発展に力を入れています。蘭翁の町内にも獅子舞は伝承されているのですが、近年は何と言っても青年人口が減少して青年団の組織も弱まり、実は大変な状況でもあります。それでも市を挙げて獅子舞を後世に伝えていこうとする気構えを示したのが獅子舞ミュージアムの建設だったのです。獅子舞に関する詳しい情報はhttp://www.city.himi.toyama.jp/~35200/shishimai/shishimaitop.htm

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2008年4月14日 (月)

ごんごん祭りの準備

2008413_006真言宗上日寺の奇祭「ごんごん祭り」 は江戸時代の初めごろ、氷見一帯が大干魃に見舞われ、観音様に雨乞いをして望みが叶った人々が、歓喜して釣り鐘を突き鳴らした鐘の音に因んだも2008413_034_3のと言われています。観音堂の境内に は、大漁と豊作を願い、恵比寿像と大黒像が仮説のお堂に安置されます。かつては山車で街中を引き回したと伝えられています。市街地の南十町の内、8町が持ち回りの年行司によって設置されるのですが、今年は我が町内の当番でした。13日の朝9時から町内の各班から2名と町内の大工さん4名、そして町内会・奉賛会の役員10名など45名が力を合わせて準備に当たりました。恵比寿像の後ろには延宝7年製作の文字も見えました。昼過ぎには全ての作業が終了いたしまし2008413_042た。小さ2008413_045い頃、大きな恵比寿像や大黒像を見て、想像を 巡らせたものです。そんな思い出があるため、大人が大勢で一生懸命組み立て作業に当たるのだと蘭翁は思っています。ごんごん祭りは17日・18日の両日で、「稚児行列」や「ごんごん鐘突き大会」が盛大に執り行われます。鐘付き堂はブログの2月5日にご紹介してありますのでご参照ください。 

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2008年4月11日 (金)

桜花爛漫

200849_006 お江戸は散り桜でしたが、富山へ帰ると「7部咲き」、今日あたり満開予定なのですがここ2、3日の寒さで少し遅れています。デジ画は9日の夜の桜、もちろん桜の名所「朝日山公園」です。雪洞は点灯していましたが、見物客はチラホラ、この週末には満開のニュースが流れて大勢の人で賑わうことでしょう。公園周辺には車で来る人のためにパーキングやトイレの案内看板も準備されていました。朝日山は公園見晴台から眺め下ろす桜の風情が特徴ですが、桜花の向こうに富山湾や立山連峰が眺められる昼の風景が有名です。夜桜は、山の傾斜に沿って幾重にも重なり合う桜花が雪洞に照らされるもので、その風情は平地の桜とは趣の異なる良さがあります。今年は老木にも多くの花が付いていますよ・・・・。

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2008年3月31日 (月)

春ドンコ

2008326_004 低温でじっくり育った「ドンコ椎茸」は肉厚で香り・風味がとても豊かです。九州などでは、この「どんこ椎茸」を干して特産品にしている地域が多くあります。氷見の里山でも環境によっては春先に椎茸が収穫できるのです。デジ画はお友達の「山屋さん」のお山で収穫した椎茸です。早速焼いていただきました。肉厚で身が締まり香り豊かで本当に美味しく食べ応えがありました。食物繊維が多く、カルシウムの吸収を助けるビタミンDも豊富な椎茸です。早速、我が家の家庭菜園にある椎茸の原木も確認しましたが、寒風が通り抜けるためかまだ全然顔も出していません。比較的雪の少なかった今冬のクヌギやコナラの林の中は格好の椎茸環境だったのでしょう。自然の恵みに感謝の毎日です。

最近、年度の節目を迎えて公私とも大忙しです。町内会長・奉賛会理事・お寺の総代・自治振興委員などが固まりになって襲ってまいりました。定年を待っていたかのように激流に飲み込まれています。健康に留意して頑張るしかありません。そのようなわけで3日ほどブログを休みました。これからも・・・・

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2008年3月26日 (水)

春中ハンドの応援

2008326_003_1 全国の代表が集まり、中学ハンドボールの日本一を決める第3回「春中ハンド」の大会が幕を切って落とした。昨日は開会式があり全日本代表の「宮崎大輔」選手の模範競技出場があったりして、中学生たちは歓声を上げていた。夜は市内のホテルや民宿に泊まり、氷見の魚料理や温泉で英気を養った。一夜明けて、選手や付き添いの保護者がアリーナで元気いっぱいの競技と応援を繰り広げた。私たちも、町内指定されている「新潟県」2008326_003_2の応援に「のぼり」を立てて出かけた。「柿崎クラブ」といって、中学生では珍しいクラブチームですが、健闘空しく熊本に負けてしまった。来年も応援しますから、もっともっと強くなってやって来て欲しい。大会の様子や戦績などは、春中ハンド公式ホームページがありますから、是非郷土のチームの結果などをご覧ください。↓

http://www7a.biglobe.ne.jp/~haruhand/  

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2008年3月23日 (日)

春季大祭

2008323_001 寒ブリの里「氷見」界隈で最も早く春祭りが執り行われるのが、蘭翁の町内であります。彼岸開けの今日は、春季大祭・中黒大明神祭の前夜祭「オタベ」でした。朝、町内の婦人部役員の皆さんのご協力を得て奉賛会役員総出でPhoto_3掃除と飾り付けを行いました。午後4時から神事が執り行われました。デジ画は玉串奉奠の様子です。1つ空いてる円座が蘭翁の座っていたところです。

正面向かって右側に掛け軸が御座います。中黒大明神の尊像であります。中黒六左右衛門は前田100万石の要人で、江戸時代の享保12年~19年の間、氷見から小矢部市にかけての穀倉地帯の奉行を務められた方で、我が町内の大恩人、生きながらに神様として祀られ、今に伝わっています。春季大祭と秋季大祭にあわせ、年2回の中黒大明神祭を執り行っています。Photo_4デジ画はその賛で、中黒祭縁起概略は次のとおりです。

享保年間に、氷見の町に大火があり町々はすぐ居宅を建築したが地蔵町は前田藩のお蔵(米蔵)が近かったので火除地とするため再建が許されず火葬場近くの三本松辺りへ集団移住を命じられた。町民一同困り切って命令の取り消しの歎願を繰り返し、死をも覚悟して陳情して来たが許されなかった。享保12年(1727)11月18日、藩主吉徳公の信任厚い中黒六左衛門が新しく氷見奉行として赴任、最初にこの問題を取り上げ、町内の主だった者を集め事情をお聞きくださいました。慎重に調査し、問題の原点を探り当て解決の為、金沢まで馬を飛ばして往復し、藩主(吉徳公)の了解を得て前奉行の命令を取り消し、元の場所で住居を建築する事を許可した。その後、善政を行ううちに高齢になったので(73歳)隠居料として新たに三百石を賜り引退することになった。これを聞いた地蔵町民は慕っていた奉行のこと、大いに驚き、生きているうちにと心を一つにし、肖像を画き居町宮(現、地蔵町愛宕社)に「生き神」として祀り、子孫のある限り忘れずにこのことを伝えていため毎年「祭事」を行う事を決めた。今日の地蔵町があるのは、中黒六左衛門大明人のお陰であり、永く地蔵町の守り神となっている。詳しくはHPで  http://www.geocities.jp/atago94/

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2008年3月22日 (土)

つばきの里

20083222008322_5 氷見ツバキ愛好会の「万葉の里ひみ椿物語」と題する展示会 が氷見海浜植物園で開かれた。最近毎年、この頃に開催されているのを知っていたが、見2008322_2_3に行くのははじめてでした。展示室の回りの展示台には、氷見市内各地のヤブツバキがずらりと展示されていた。少しずつ色や形が微妙に違う。会の水上会長さんが熱心に説明をしてくださった。富山県、とりわけ氷見市には椿が多く自生し、ヤブツバキ、山地のユキツバキ、山麓部のユキバタツバキ(ヤブツバキとユキツバキの自然交雑種)が広く分布していること、樹齢200年を超える椿を市内で259本も確認していること等々・・・・・曰く「氷見は日本一の椿の自生地」であるとのことでした。ほのかな椿の香2008322_9りに包まれ、色とりどりの椿を眺めて時間の経つのを忘れるほどでした。会長さんの 奥様のお点前で、薄茶を頂きました。お菓子は氷見の菓子司「さかじり」さんの「つばき餅」そして、茶碗は九谷の「椿文様」、全てが椿尽くしでPhoto_2ありました。2008322_8

氷見の椿について少し勉強させていただいたので、後日詳しくご紹介したいと思っています。

氷見ツバキ愛好会のHPは、同会の副会長さんのHPに同居する形になっています。http://www.hinataya.co.jp/tsubaki/tsubaki.html

つばき餅の「さか志り」さんはジャンボシュークリームでも有名です。 http://www.gem.hi-ho.ne.jp/sakajiri/

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2008年3月17日 (月)

彼岸入り

2008317_002今日は彼岸の入り、暑さ寒さも彼岸までと昔から言いますが、気温が高くなってきました。でも、アイの風(北東の海風の方言)が強く、晴れていても肌寒い日でした。しかも、黄砂の影響で薄く曇ったような天候でもありました。それでも、近くの愛宕社境内の梅の花は、満開を迎えました。

また、桜の名所として名高い「朝日山公園」の桜の木には150本余りの「ボンボリ」が取り付けられ、2008317_003春本番の準備が出来ました。朝日山公園には270本ものソメイヨシノがあり、公園の展望台から満開の桜を見下ろして観賞できるのが特徴です。かなり老木も目立つようになりましたが、今年も楽しみです。桜前線の予報では、4月9日から10日が開花日ということですが、もう2日ほど遅れそうな気配です。海からの冷たいアイの風が吹き当たるからです。

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2008年3月16日 (日)

愛宕祀符

200826_022 これは、京都の愛宕総本社からいただいてきた祀符で、我が家の鎮火お守りです。京都の清滝から昔の修験道を歩いて愛宕山の頂にある愛宕総社まで、あえぎながら往復したのはもう3年前のことです。町内にある愛宕社の「総本社」へ、町内会役員で参拝に出かけたのでした。愛宕の主祭神は火神の迦倶槌命(カグツチノミコト