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2009年6月22日 (月)

劔岳・点の記 (捕逸)

2009620 デジ画は劔岳山頂で発見された「錫杖頭」のレプリカです。昭和42年だったか富山で開催された全国高等学校登山大会の際、競技役員に記念品として贈られたものですが、もう40年もまえのことになります・・・。

弘法大使が千足のわらじを履き替えても登頂できなかったという伝説の山「劔岳」。映画「点の記」では測量隊のパーティー全員が同時に登頂したことになっていましたが、実際は明治40年(1907)7月13日に測量隊測夫の生田信らが、7月28日に柴崎らが登頂を達成しているのです。そして、初登頂と思われたものの山頂には修験者のものと思われる銅製の錫杖頭と錆び付いた鉄剣が発見され、古い焚き火痕もあったとされています。この鉄剣と錫杖頭は柴崎氏のご遺族が保管、国の重要文化財に指定されています。現在は富山県「立山博物館」に展示されているとのことです。実物の写真など興味深いお話の出ているのは http://www.geocities.jp/nonon4141/ です。

2009620_32009620_2蘭翁の書棚には若い頃に手に入れた「山岳名著全集」(あかね書房)があります。日本山岳名著全集の第1巻に小島烏水の「アルピニストの手記」がありますが、劔岳登頂争いの話は出てきません。別の資料によれば、一般登山家の初登頂は有名な富山県人、石崎光瑶(日本画家)、河合良成(企業人)など4名で明治42年になされたとあります。いずれにしろ小説や映画はフィクションが取り入れられてストーリーが作られているのでご留意下さいませ。

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コメント

蘭翁さま、こんにちは。
劔岳に何度も登頂され、厳しさも苦しさも喜びも体験されている蘭翁さまには、映画を通して思い出深い風景に青春を思い出しながらの映画鑑賞だったのではないかと思います。私などは小説の中の空想の世界でした。厳しく雄大な劔岳の風景を見て息を呑む場面もありで、宿題を頂いたような映画でもありました。

小説や映画は、むろんフィクション、空想や映像から興味を持って博物館に足を運ばれる方もいらっしゃるのではと思います。映画『劒岳 点の記』の最後に錫杖頭を見つけた場面は云いようのない場面で気になっておりました。
記載のサイトに入って勉強させて頂きました。ありがとう御座います。動画「剱岳への道」も拝見致しました。感慨深い気持ちに浸っております。  香子

投稿: 香子 | 2009年6月22日 (月) 22時09分

香子様、こんばんは
研究熱心でいらっしゃいますので、私の拙い資料提供がお役にたてて嬉しく思います。
映画では、実在された「小島烏水」をあのような形で登場させ登頂もさせた訳ですが、たくさんの登山史を知らない方々が映画のとおりだと思われてはチョット・・・という気持ちも実はあるんです。それに明治40年代にはまだ「キスリング型」のザックはなかったとか・・・等々ありますが作品としての出来が素晴らしくて、そんなことどうでもいいのかも知れませんね。

投稿: 蘭翁 | 2009年6月23日 (火) 00時15分

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